不機嫌主任の溺愛宣言
あの時、取り乱さなかった自分を褒めてやりたいと忠臣は思う。心の中では『すまない!何がいけなかったんだ!?』と嵐のように動揺していたのだから。
なんとかかんとか冷静を取り繕ってその場を凌いだものの。
――明日は失敗する訳にはいかない。絶対に。
大学受験でも就職活動でも感じた事のない壮大なプレッシャーが、忠臣の両肩に圧し掛かってきた。
ネットを検索し、右近に尋ね、挙句、大学時代の友人にまで電話して聞いてしまった。
『女が快適に思う車とはどんなものか』と。
右近は当然、開いた口が塞がらなかったし、電話の向こうの友人も信じられないあまり、電話の混線を疑って掛け直したくらいだった。
そうした努力の成果が……あれだった。匂いに気を使い、座り心地に気を使い、雰囲気に気を使い、挙句、彼女を和ませるためにぬいぐるみまで。
車内の変化に気を取られていた一華は気付かなかったが、忠臣の運転も初日より随分と穏やかで丁寧になっている。友人に『乱暴な運転を女は嫌う』とアドバイスをもらったせいだ。
物産展が控え多忙な中、これだけの準備をするのは容易ではなかったが、忠臣は全く苦痛を感じなかった。面倒とも思わない。ただ。
――ただ、姫崎に快適に通勤して欲しいだけなんだ。
その最大限にシンプルで燃え上がるような想いのためだけに、忠臣は今日も車内の空間改造を考える。
明日は紅茶を用意しよう。コンビニのチルドカップで済まさず、カフェまで買いに行っておくべきか。ああ、それからやはり、ぬいぐるみは子供っぽ過ぎるだろうか。止めて代わりに花でも飾ってみようか。
イスの背もたれに身体を預けながら目を閉じ、眉間に皺を寄せる。
その姿は実に不機嫌そうに周囲の目には映ったが、彼の心の中はパステルカラーに染まっていた。