不機嫌主任の溺愛宣言
AM9時45分。いつもように福見屋デパート地下食品売り場の朝礼が始まる。
右近の進行で定型の挨拶が済むと、ダークグレーのスーツにぴしりと身を包んだ今日も今日とて隙の無いいでたちの忠臣が一歩前に進み出て話を始めた。
「先週より惣菜部門の季節商品の数字が伸び悩んでいます。時期的にも商品内容的にももっと伸び代があるべき物です。接客、声掛け、ディスプレイ、今一度厳しく見直し福見屋デパートとして相応しいかどうか反省と改善を心がけてください。それから、倉庫の資材管理についてですが――」
お説教で始まりお説教で終わる、お決まりの“ミスター不機嫌”の話。毎朝の事とはいえ、従業員たちは心の中でうんざりとする。けれど忠臣はただ業務に忠実であらんと堂々と前を向き、スクェアフレームの奥の鋭い眼差しで従業員を見渡す。
そんな彼の姿を一華は、昨夜とはまるで別人だと不思議な気持ちで眺めていた。
昨夜。一華に人生初の告白をバッサリと断られた忠臣は、一瞬呆然とした表情を浮かべたものの、眼鏡のフレームを直しながら
「そうか。突然変な事を言って悪かった」
とすぐさま冷静になってそう述べた。
しかし、一華を送る車の中で彼はハンドルを握りまっすぐ前を向いたまま静かな声で想いを吐露する。
「……つきまとわれる不快さは俺も経験があるので、君にそんな事をするつもりはない。すっぱり忘れるつもりだ。ただ……いわゆる失恋ってやつも初心者なんだ。少しだけ、時間が掛かることを許して欲しい」
呆れるほど純粋だと、助手席で一華は密かに感心した。たったさっき彼の告白を一刀両断してしまった事を申し訳なく思うほどに。
付き合う気はなくとも、もう少し言い方があったかもしれない。なんだか申し訳ない事をした。