不機嫌主任の溺愛宣言
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「……右近……記憶を一部だけ消す方法を知らないか…」
「き、記憶ですか!?」
事務室の自分のデスクで頭を抱え呻くようにそんな事を口にした上司を、右近は信じられないものを見るような目で見つめた。
最近の前園主任は変だ変だと思っていたけど……これはいよいよ本格的にヤバイかもなぁ。
右近はゴクリと息を飲み込み、努めて柔らかな笑顔で忠臣に話し掛ける。
「何かツライ事でもあったんですか?僕で良ければ相談に乗りますよ」
「……もう相談とか云う段階じゃあない。手遅れだ」
手遅れだったかと、右近は上司を救い損なった事を少々悔やんだ。それにしても、記憶を消したいなんてどんな酷い事があったんだろうと、聞きだしたい気持ちを抑えて真面目に答える。
「一部だけ記憶を消すなんて、脳外科の手術とかじゃなきゃ無理だと思いますよ。あとはもう考えないようにして頭の隅っこに追いやるしか」
部下の言葉を聞き、忠臣はついに脳外科にお世話になるレベルになったかと、ほとほと自分を情けなく思った。
人生35年にして知った失恋は想像以上に辛く、言いようの無い喪失感に彼はあれから翻弄されている。いっそ、姫崎一華という存在を忘れられたらどんなに楽なことか。
自分は受け入れられない、これ以上彼女と距離を縮めることは許されない。熱い想いを抱いてもいけない。そう分かっていてもいきなり彼女への好意を捨てられる筈も無く。
ただ自分は“振られた”のだと云う事実と、一華への止められない想いとの狭間で、忠臣の心は七転八倒を繰り返した。
――今まで散々女を振ってきたけれど……酷い事をしたな。謝りたい。
思わずそんな過去の反省をしてしまうほどに。