不機嫌主任の溺愛宣言
「さあ、早く乗ってくれ。遅刻するぞ」
ポカンと突っ立ている一華に声をかけ乗車を促す。忠臣としては今日が休みだろうとポカンとされようと引けない理由があった。
それは、今日こそは会話のひとつも弾ませないと呆れられてしまうのではと言う焦燥と。もうひとつ、恋人である事の進展を彼は画策している。
「池袋にオーガニックスイーツの専門店が出来たそうだ。地下食品でも多く甘味を扱ってる以上、1度偵察に行かねばと思っている」
「はあ」
一華が車に乗り込むなり、忠臣は饒舌に話しだした。いかにも“話題を用意してました”と言わんばかりに。そして。
「よ……良かったら、今度一緒に行かないか」
彼の中では完璧な流れの筈であった。仕事の話と絡めつつ自然に彼女をデートに誘う。しかもオーガニックスイーツなど女性の好きそうなお店だ。
ただ。
いっぱいいっぱいで忠臣は忘れている。姫崎一華が“普通の女”の型にはまらないと云う事を。
「すみません。私、甘いもの嫌いなんです」
思いもよらなかった返答に、忠臣は「えぇっ!?」と素っ頓狂な声を上げそうになって慌てて飲み込んだ。
「甘いものが?苦手?だって君は洋菓子店の従業員じゃないか?」
「うちのお店の菓子は一通り食べています。そうじゃなきゃお客さんに勧められませんし。どれも一流の名に恥じない品物だとは思いますけど、仕事と趣向は別ですから」
「…………仕事熱心だな、君は……」
それが、今の忠臣に出せる精一杯の返答だった。