不機嫌主任の溺愛宣言
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――姫崎一華、か。
忠臣が頬を打たれた女の名前を知ったのはそれから30分後だった。
彼女が身につけていた大きなリボン着きのワークキャップ。それにパスフリーブの白いブラウスにベルベットカラーのスカートとレースの着いた白いウエストエプロン。デパ地下にしては野暮ったいデザインの制服が、最近売り上げを伸ばしてる【Puff&Puff】のモノだという事は、責任者である忠臣はもちろん知っている。
事務室に戻り【Puff&Puff】の出勤登録と従業員データを調べた忠臣は、彼女の名前を見つけ、しばしさっきの事を思い出していた。
女同士の修羅場というのは今まで幾つも見てきた。それは毎回目も当てられないような卑しい罵り合いで、その度に忠臣は心底ウンザリしてきたと言うのに。
――スカッとしてしまった。真っ向から冷静に訴えた彼女の正論に。
忠臣の胸には妙な爽快感が残っていた。
あの女ふたりの事情は知らない。もしかしたら一華の方が本当に人の男に手を出している性悪女だったのかもしれない。けれど。
ピーピー喚くでもなければ、感情的にもならず。一華はとても理論的で正しい事を言ったように思う。自分の怠慢や男の非を棚に上げ、一華を責めていた女よりもずっと。
おまけに、赤く腫れるほど頬を強く打たれたと言うのに、彼女は泣きも怯えもしなかった。感情に任せ手を上げる事がどれほど愚かしいか知っているからこそ、ただ冷ややかな目を相手に向けて。
「……男みたいだな……」
パソコンの前で腕を組み、忠臣は呟いてしまった。
自分が知っている“女”のイメージとはかけ離れている一華に、自覚はなくとも堅物男の心は動き出していた。