不機嫌主任の溺愛宣言
万全を期して用意した話題は完全に出鼻をくじかれ、彼の頭の中はいかにそれを修復するかでフル回転している。
「……それじゃあ、君は何が好きなんだ?」
コーヒーに甘味、一華は意外と苦手なものが多い。それが一般的には女性が好みそうなものだったりするから、恋愛初心者の忠臣にはもう選択肢が浮かばない。スマートに先手を打って喜ばそうと云うささやかな彼の試みはもう断念の道しかなかった。
「焼肉とか、チャーシュー麺とか」
意外すぎる一華のチョイスに、忠臣は再び飛び出しそうになった素っ頓狂な声をぐっと飲み込む。
華奢で色白で、それこそ花の朝露でも飲んで生きてそうな儚げな雰囲気を持っている彼女の趣向は驚くほど益荒男だった。
けれど、いやしかし、と。忠臣の記憶が急速に遡る。そう言えば以前、焼肉屋で一華は食事をしていたなと。
「そうか。肉が好きなんだな」
ようやく冷静さを保てた彼の言葉に、一華はほんの僅かにだけ表情を和ませる。
「ガッツリしてるのが好きなんです。食事は全ての基本ですから、パワフルなものを食べるとエネルギー充填って感じで」
実に一華らしい合理的な理由でありながら、あまりに単純なその言葉に忠臣は2度の瞬きの後――
「可愛らしい理由だな。とても君らしい」
スクェアフレームの奥、伏し目がちな瞳を柔らかに細めた。
それは、一華が初めて見る“ミスター不機嫌”の正真正銘の笑顔だった。いつもの冷徹にさえ見える瞳は優しく細められ、口元さえ楽しげに弧を描いている。
温かささえ感じられるその笑顔に、一華は自分の胸が高鳴るのを感じてしまった。