不機嫌主任の溺愛宣言
時間は午後2時。まずは新宿のアートギャラリーで行われてる海外アーティストの大型展示会に向かう予定だ。その後、少し休憩をとってから買い物に行き、そこで忠臣は一華へプレゼントを買う計画を密かにたてていた。
なんと言っても初めてのデートだ。記念になるものを1つくらい彼女に贈りたいと忠臣は考える。少し気障だろうかと迷いもやや持ちながら。
そして、その後は赤羽まで戻り食事。例の鉄板焼きの店には予約を取ってある。以上が本日のデートプランであった。けれど。
……食事のあと、もう一件くらい飲みに誘うのは大丈夫だろうか。
新宿へ向かう電車の中で、忠臣は静かな表情のまま考えを巡らせる。食事の後まっすぐ帰すのも失礼ではないかと思うし、何よりもっと長い時間一緒にいたい。けれど、あまり遅い時間まで連れまわせば下心があると思われるのでは、と彼はいらん心配を堂々巡りしていた。恋人なのだから下心――進展を望むのは当然であるのに。
「このミラノのモダンアーツグループは、日本での作品公開は初めてなんです。雑誌で見て気になってたから、今日実際に見れて嬉しいです」
そんな忠臣の葛藤など露知らず、一華は展示会のチラシを興味深く眺めながら話しかける。
「……そうか。それは良かった」
一拍遅れて返事をした彼の頭には今度は、純粋にデートを楽しんでくれている一華への喜びと、なのに不埒な事を考えている自分への反省でいっぱいになったのであった。
新宿へ着き、小雨があがったことに安堵しながらふたりはアートギャラリーへ向かう。大型ビルの1、2階で行われているそれは、平日にしてはなかなかの盛況を見せ、彼らは並んでいる列の最後尾へと着く。
数分ほど並び、間もなく入場が出来そうだなと忠臣が思った時、隣の一華がニコリと微笑んで声を掛けてきた。
「楽しみですね。今日は連れて来て下さってありがとうございます」
それは忠臣にとってあまりにも予想外、サプライズな言葉だった。一華からしてみれば観たかった展示会に美味しそうな食事と、今日のデートは単純にレジャーとして楽しみ故に掛けた言葉だったのだが。
それでも、忠臣の心は喜びに高揚する。車での送迎を始めてから雰囲気に悩み会話に悩み、告白の時でさえも結果的に受け入れられたとは言え、成功したとは言い難い。女性の扱いに不慣れで四苦八苦を繰り返してきた彼が、初めてそのプランに期待され感謝されたのだ。
こんな喜びは今までにあっただろうか。主任への昇進を聞かされた時だってここまでの達成感はなかった。
自分で自分を祝福してやりたいと、忠臣は胸を熱くする。そして、素直に礼を述べた一華が、自分に向けて微笑んでくれた一華が、心の底から愛おしいと思った。
――食事のあと……バーに誘おう。このまま何も無く帰すなんて、今日の俺には出来ない。せめて彼女に触れ、出来る事なら……だ、抱きしめるぐらいは――
緩みそうになる口元を堪え、スクェアフレームを手で覆い直しながら不埒な、いや、純粋な進展に胸をいっぱいにした忠臣だったが
~♪~♪~♪
その瞬間、彼の胸ポケットから電話の着信音が響いた。