不機嫌主任の溺愛宣言
「姫崎……」
忠臣の胸がふたつの不安で詰まる。今すぐ対応しなければならないやっかいな仕事と、大切な初デートをこれから放っぽらかさねばならない事態に。
せっかくデートまで漕ぎ着けたというのに。やっと一華が笑ってくれたというのに。ようやく恋人らしい時間を初めて持てそうな予感がしたのに。忠臣は心から嘆きたい気持ちだった。そして、出来るならこの場で額を擦り付けて一華に謝りたいと思う。せっかく楽しみにしてくれたのに申し訳ないと。
しかし。
「行って来て下さい、主任」
電話での話が聞こえていた一華は、忠臣が口を開くより早くキッパリと言った。
デートより仕事を優先することに、呆れられたり怒られるのではないかとハラハラしていた忠臣は、彼女の予想外の言葉に驚きを見せる。
「けど……いいのか?」
「当たり前です。前園主任は福見屋デパ地下の責任者じゃないですか。貴方がいなければ進まない仕事があるんでしょう?だったら駆けつけない訳にいかないじゃないですか」
あまりに頼もしい一華の返答は、忠臣の胸のくすぶりを振り払う。どんな理由があれど約束をすっぽかせば女は怒るものだと思っていた彼にとって、その言葉はまたひとつ一華の魅力を見せ付けた。そして、更に彼女は付け加える。
「デートはいつだって出来ますから」
わずかに微笑まれて告げられたその一言に、もはや忠臣の不安はいっさい無くなった。
「すまない。この埋め合わせは必ずする」
頭を下げ駆け足で一華の元から立ち去る忠臣の胸には、さっきよりも更に増した一華への愛しさが溢れていた。
あれだけ楽しみにしていたデートが中止になって残念なのは忠臣ももちろんだ。けれど、デートはいつだって出来ると一華は笑ってくれた。それは、今日の予定中止を許すだけでなく、これからも忠臣とはいつだってデートが出来る関係でいてくれるという希望溢れる言葉でもあって。
忠臣はその喜びを強く強く噛みしめると、1度瞬きをし、頭の中をプライベートから仕事へと切り替えた。