不機嫌主任の溺愛宣言

電車が目的の駅へ近付けば近付くほど口数が減っていく忠臣に、一華の心も騒ついた。

「……家は駅から遠いのか?」

「歩いて15分くらいです」

「実家暮らしか?」

「いえ、独り暮らしです」

これから送るのだから聞いて当然の情報さえも、彼の心に妙な後ろめたさをもたらす。そんな想いがますます忠臣の口を噤ませ、それは一華にも伝染し、ふたりの間に何とも言えない緊張感が漂い始める。

戸田駅に着き歩き始める頃には「こっちです」と一華の最初の案内以外、もはや会話はなくなっていた。眉間に皺を寄せあからさまにぎこちなくなっている忠臣の様子に、ついに一華は耐え切れなくなる。

「……あの!こ、ここまででいいです。あそこの角を曲がればすぐだし。送って下さってありがとうございました、それから今日はご馳走様でした。主任もどうぞお気をつけて」

早口に捲くしたて一礼すると、一華はクルリと背を向けすぐさま走り出そうとした。まるで不審者から逃げ出そうとでもするようなその態度にショックを受けつつ、忠臣は咄嗟に一華の手を掴んでしまった。

「……なぜ逃げるんだ」

「べ、別に、逃げてませんよ」

「ならば、ちゃんと送らせてくれ。その……決して君の部屋へ上がり込もうなどと不埒な事を考えたりはしていないから」

言葉を紡ぎながら忠臣は情けなく思った。こんな事をわざわざ口に出したら不埒な事を考えてましたと暴露してるのも同じじゃないかと気が付いて。

そして一華も。馬鹿正直すぎる彼の言葉と態度に、なんだかそんな事を言わせてしまった自分が恥ずかしいような気にさえなってきた。
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