不機嫌主任の溺愛宣言
「……!」
思わぬ行為に一華の心臓が跳ね、今度は彼女の方が動揺の表情を浮かべる。
「……あの状態ではいざと云う時に君を守れない。だからその……」
――嫌ならほどいてくれ。そう続けようとした忠臣は思いとどまって口を噤む。いちいち口に出しすぎるなと、さっき一華に言われたのを思い出して。
その代わり、忠臣はスクェアフレームの下から切れ長の瞳で一華に視線を送り問い掛ける。
『嫌か?』と。
その眼差しがあまりにも熱くて、あまりにも照れていて、そしてあまりにも彼女への愛しさで溢れているものだから。一華は赤くなってしまった顔をゆるく横に振ると、そのまま俯くように視線を逸らせてしまった。
――な……なんだか調子狂っちゃう、この人といると。
たかが手を繋がれただけでドキドキと音をたてる自分の心臓が、一華には不思議だった。子供じゃあるまいし。私までなんだか初恋に戻ったみたいじゃない。と、自分の意思とは関係なく高揚していくときめきに一華は翻弄され、結局アパートに着くまで顔を上げる事が出来なかったのであった。
「あの、ここです」
一件のモダンなワンルームアパートの前に着き一華がそう告げると、忠臣は建物を見やってから足を止めた。
「そうか。……じゃあ、その……また」
「えっと……ありがとうございました」
ぎこちない別れの挨拶。お互い高まってしまった鼓動のせいでナチュラルな言葉が出てこない。けれど、繋がれた手は離し難く、お互いどちらからともほどこうとしない。
モゴモゴともどかしい時間がわずかに流れたあと、思い切って手を離したのは忠臣の方だった。
「……おやすみ」
彼なりに精一杯の恋人らしい別れの挨拶。本当はいつまでも離したくなかった手をズボンのポケットに押し込め、緊張していた顔を穏やかに微笑んでみせる。そうして忠臣は名残惜しさをこらえて歩き出そうとしたのだが。
「……お……おやすみなさい。……忠臣さん」
その背に投げ掛けられた一華の小さな声が、忠臣の足をピタリと止めた。