不機嫌主任の溺愛宣言
「と……突然すまなかった。その……ま、また明日」
「え?」
赤い顔を引きつらせながら後ずさった忠臣は勢いよく踵を返すと、そのまま早足で一華の元を立ち去った。
街灯の下、残された一華は何が起きたのか分からずポカンとしている。
彼女は知る由も無い。どうして忠臣が突然離れ逃げるように帰って行ったのかなど。
昂ぶりすぎて抑え込める自信のなくなった情熱、このままでは自分は一華に何をしでかすか分からない。そんな事を危惧して彼は最後の理性をふり絞り、魔性のような魅力に溢れる柔らかな身体を離したのであった。
――恐ろしい……。恋とは一体何処まで人を狂わせるんだ。
あやうく欲望の渦に飲み込まれそうになった自分を省みて、忠臣は足を止め額に手を当てため息を吐き出す。
恋人が初めて自分の名を呼んでくれた。初めて手を繋いだ。そして、初めて――抱きしめあった。
そのどれもが歓喜に溢れていたけれど、同時に鉄壁だと思っていた忠臣の理性を確実に壊していく。
恋愛初心者の男はこの夜、恋の喜びと恐ろしさを知った。そして。
「……あんな事をした上、逃げるように立ち去ってしまって……いったいどんな顔して明日から会えばいいと云うんだ……」
恋に翻弄される自分のふがいなさも、知ったのであった。