不機嫌主任の溺愛宣言
一時は【Puff&Puff】に並ぶ客層は、洋菓子店にしては異例なほど男性客だらけだったが、今では老若男女、従来の比率に戻っている。
「他でケーキ買おうと思ったんだけど、やっぱり一華ちゃんの顔が見たくてねぇ。結局ここに来ちゃったよ」
「このお店、店員の手際もいいし箱詰めも綺麗だから好き」
「店員さん見てたらあの制服かわいいなーって。それが見たくてつい並んじゃいます」
新規リピーターの声はどれも従業員を――姫崎一華を褒めるものばかりであった。
飛び抜けて美しい生まれ持った容姿のせいもある。けれど、それ以上に一華は機敏でありながら心の籠もった接客の出来る最高の販売員である事が証明された。
そして。
そんな数字を叩き出した従業員を、デパ地下担当主任である前園忠臣が知らないワケはなかった。なかった、のだが。
――……そうか、思い出した。あのやたらと噂になっていた姫崎一華か。売り上げを2割も伸ばした事には驚いたけれど、所詮期限付きの派遣だからとあまり気に留めていなかったな。
彼の中で先日の事件と、優秀な販売員の一華が結びついたのは、ようやく【Puff&Puff】で忙しなく働く彼女の姿を見てからだった。
腕時計の針は午後三時を回っている。これからの時間は菓子系より惣菜系の店舗に客が流れる筈だ。けれど、【Puff&Puff】の行列は途切れる事無く続いていく。
「いらっしゃいませ、いつもありがとうございます」
滞りなく作業を進めながらも、一華は客のひとりひとりに向き合う事をやめない。
リピーターには必ず「いつもありがとうございます」の声を掛け、お目当てのものが売り切れてしまった客には「申し訳ありません」と頭を下げてから、その人が好みそうなものを見極めて代わりのものを勧める。年寄りには聞きやすくゆっくりと喋り、荷物の多い客には袋をまとめてあげる気遣いも忘れない。
そして何より、一華は決して笑顔を絶やさなかった。