不機嫌主任の溺愛宣言

AM9時45分。いつもの福見屋デパ地下の朝礼が始まる。
いつものようにエスカレーター前のスペースに従業員が集まり、右近の進行ですすめられていくお馴染みの光景。そして、毎度お馴染み“ミスター不機嫌のお説教尽くし”の時間……の筈だった。

「物産展以来、客足が向上しているのは先日も伝えた通りです。先週も全店舗、平均2,2パーセントの伸びを保っており――」

いつもの忠臣なら『福見屋のブランドを考えれば本来ならこれが当然の数字です。更なる向上を目指すように』と厳しい発破を従業員にかけて皆をウンザリさせただろう。しかし、その予想を裏切って彼の口から飛び出したのは。

「皆さんの努力が数字となって表れた始めた結果です。この数字に誇りを持って、各自業務に当たって下さい。これからも期待しています」

その場にいた全従業員の耳を疑わせる発言であった。

「い、今のって私たちを褒めた……のよねえ?」

「まさか、主任がそんな事するわけないだろ。なんかの間違いだよ」

「でも、努力の結果とか誇りを持ってだとか……初めてなんじゃない?主任が私達を認めてくれたのって」

ヒソヒソと小声ではあったが、朝礼に並んでいた従業員たちがにわかにざわつく。それほどまでに、この不機嫌な主任がそんな優しい言葉をかけるのはデパ地下の面々には衝撃だったのだ。

「えー、ゴホン!では最後に、接客用語復唱です。『いらっしゃいませ』!」

ざわつく場を収めようと、右近は咳払いをひとつしてから大声で接客用語の復唱に入った。けれど彼もまた心底驚いてる人間のひとりだ。忠臣の言葉を聞いたときには思わず目を見開いてしまった。

ただし次の瞬間、厳しい主任の変化の理由に心当たりがある右近は、笑いを堪えるのに必死になったのだけれども。

――すっごいなあ、あの堅物をここまで変えちゃうだなんて。よーっぽど幸せな恋してるんだな。こりゃ“ミスター不機嫌”を返上する日も近いかも。

真剣な顔で接客用語を口にする忠臣をチラリと見やりながら、右近はニヤニヤとからかってやりたい気持ちを必死に抑えるのであった。
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