不機嫌主任の溺愛宣言

「丸くなった?俺が?なぜそんな噂が出るんだ?」

本気で分かっていない様子の忠臣に、一華はワイングラスを置いてから正面を見て答えた。

「このあいだ朝礼で従業員を褒めたじゃないですか。それが原因ですよ」

「そんな事で?」

「前園主任は厳しいことで有名でしたから」

「それと、俺を狙うと云うのと何の繋がりがあるんだ?」

恋愛の駆け引きに鈍感なのは仕方がない。この方ずっと女嫌いで通ってきた男なのだ。女の野心など分かるはずも無い。そう理解しているものの、恋人である自分の口から説明しなくてはならない事に、一華は少々苛立った。

「だから。今まで女を寄せ付けなかった前園主任に、今なら付け入る隙があるって事です」

少し不機嫌を含んだ口調で説明した彼女の話に、忠臣はシーフードを取り分けていた手をピタリと止める。そして、綻んでいた表情に眉間の皺を一本刻んだ。

「……くだらない。たかが従業員を褒めたぐらいで、随分見くびられたものだな」

浅はかな女たちの思考に、たちまち全開になる“ミスター不機嫌”オーラ。それを感じて向かいの席の一華は、心の奥でどこかホッとしていた。

忠臣の性格が丸くなるのは良い事だと思う。けれど、それをチャンスと捉えて女性が寄ってくるのは、恋人としてはやはり面白いものではない。ここ数日、従業員用のロッカールームでまことしやかに飛び交っていた忠臣への黄色い声を、一華は複雑な思いで聞いていたのだ。

堅物な彼が女に擦り寄られたところで心を動かすとは思えない。何よりあれだけ自分を溺愛してるのだからと、一華は分かっている。分かってはいても、やはり忠臣の口から聞きたかったのだ。それらを否定する言葉を。

一華は運ばれてきたばかりのマルゲリータを忠臣の皿に半分シェアすると、それを彼の前にコトリと置きながら微笑んだ。

「ですよね。叱ろうが褒めようが忠臣さんは忠臣さんですもんね」
 
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