ロールキャベツ
墓地の出口に来るまで、僕はずっとその女性に目を奪われていた。
まさか、まさか…
瞳をこれでもかというくらいに見開き、息を飲む。
女性が振り向く前に、僕が出口の階段に小さく躓いた。
「大丈夫ですか?」
よろけた僕を支えてくれた彼女に、力ない返事をしながら、このまま見なかったふりをしておこうか、と考える。
何を突き詰めたいのだ。
なぜ…なぜこんなにも心臓がうるさいのだろうか。
例えようのない緊張が全身に走ってゆく。
「さ、先に戻っていてくれないかな」
彼女に車のキーを握らせたときは、目線はすっかり墓地の中を見ていた。
駐車場のほうへ向かう彼女の後ろ姿を見送ってから、僕はまるで忍者のように再び墓地の中に入った。
先の尖った革靴を履いてきたことを後悔しつつ、なるべく足音を立てないように歩いた。
僕と…女性以外は、墓地の中にいないようだ。
僕は先ほど歩いた墓までの道を戻る。
人違いであってほしい…
そう願う僕はとても愚かだ。
似ている人は地球上に三人いるものだというじゃないか…
そう言い聞かせる僕が惨めで仕方ない。
怖いのならば、引き返せばいい。
妻の…弓枝の墓に着く前に車に戻ればいいんだ。
戻ればいい、のに…
勝手に僕の足が進んでゆく。
「…っ」
弓枝の墓の前に立つ女性のシルエットを見てしまった。
白いコート、アイスブルーのチェックのストール。
それに差し色のようになっている手元の真っ赤な林檎…
深く墓に向かって頭を下げる女性が振り向いた瞬間、僕はまた、息を飲んだ。
二重のややつり目、キュッとした鼻、ぽってりした唇…
その、弓枝によく似た顔のパーツ。
しっかりとした眉は、僕の遺伝…
間違いなく、大人の女性になった朋香が、そこにいる…
茶色に染めたのであろう髪が、ストールの中で輝いていた。
「また来るね、お母さん」
久しぶりに聞いた声は、そんなに暖かい声をしていたのかと、驚かされてしまった。
出口の、つまり僕のいるほうへ歩いてくる朋香。
とっさに僕は、他人の墓の陰に隠れる。
しばらくして朋香が通り過ぎると、ホッとしたのか腰が抜けた。
可笑しいよな…
娘を偶然見かけても、声をかけないなんて…
「すまないな…」
こればかりは、墓の中にいる弓枝も返事をしてくれない気がした。