私と上司の秘密
すると、課長はいきなり、

「宮下ってさあ、前から気になって聞いてみたかったんだけどさあ、俺のこと、いっつも見てない?
好きなのか?
俺のこと…。」

唐突に、予想外のことを聞かれる。


ぎょっとして、思わず課長の顔を見た。


課長と目が合い、私は、そのことが、何となく恥ずかしくて、つい視線をそらした。


「いえ、別に好きとかそんなのでは、ありません。」

『ヤバイ、課長を否定したみたいでまずい…。』


頭が混乱してしまう。


「いや、嫌とかそう言う訳ではなくて、私、課長の手が気になって気になって、見てるだけなんです。
つい、視線が課長の手にいってしまうんです。
…、というか、何というか、私は、課長の手が好きで、それで、ついつい課長の手を見てしまうんです。」


「…、は・い?」


課長らしからぬ、気の抜けたような言葉が
かえってきた。


目は点になっていたように見えた。

『ヤバイ!焦って、とんでもないことを私、
口走ってしまった。
何で、こんなこと、喋ってしまったんだろう?』

と後悔した。


私の額には、汗が滲む。


しかし、一度口から出た言葉を取り消すことは出来る訳はない。


出来れば、この場から立ち去って、猛ダッシュで逃げたい気分だ。


恥ずかしさのあまり、顔が熱くなるのが、
自分でも分かった。


「そっか、そうなんだ、俺はてっきり…。
まあちょうどいいや。」


課長は、私の言葉に動じている素振りを見せず涼しそうな顔で顎に手を置き、そう言って少し考えている様子で、独り言を呟いていた。


そして、黙りこんでいた。


お互い無言の状態続く…。


何とも言えない静まりかえった空間にただ
困惑する。


すると、課長が先に口を開いた。


「そっか、俺の手か。」

少し照れたように、はにかんだ様子で、
笑いながらさらさらの髪を手でかきあげ、
笑顔で呟く。


私が知る限り、課長の笑うところを見たことがなかったので、一瞬、『ドキッ』とした。


課長の仕草と一緒に、

『課長の愛用の男性物の香水の香り
だろうか?』

髪をかきあげる仕草と同時に、かすかに香る彼の香りに、私の鼻腔をくすぐり、何故か、
私はその仕草と香りで、妙に大人の色気を
感じてしまった。


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