私と上司の秘密
私はやや摺り足ぎみで、猛獣にでも近寄るように、恐る恐る課長のデスクへ向かう。


「課長、何でしょうか?」

額を汗で湿らせながら、緊張のあまり拳をつくった掌にも汗を滲ませ、少し声を震わせ尋ねた。

「何でしょうじゃないよ。
ここ、数字が、一桁多い!」


私が午前中にパソコンで打ちこんだ、プリントアウトした書類の数字を指さしながら、やや眉間に皺を寄せて、厳しい表情で話す。


私は、怒られているにも関わらず、その内容は初めのうちしか頭に入らず、後半になると、いつも、課長の手の方に視線が向いてしまい、私の頭の中は、課長の手のことばかりでいっぱいになってしまう…。


スーツの袖口からしなやかに伸びるように見える大きな手に、細くて綺麗な長い指。


血管の筋が浮き出て、ゴツゴツとした手の甲。


『私は、課長の手がたまらなく好きだ。』


今日も、気付くと課長の手に見とれていた。


『あの手で抱き寄せて欲しい。』

『あの手で、《ギュッ》と私の手を握って
欲しい。』

『あの手で、頭をクシャクシャっと撫でて欲しい。』

『あの手を、指を、頬擦りしてみたい。』


課長の手を眺める度に、日に日にそんな妄想が大きくなっていき、そして、そんな欲望が何故だか分からないが、私の中に沸々と湧いてきた。


課長の手を見る度に、そんな願望が、どんどん膨らんでいく…。


こんな感覚に陥ったのは、初めてのことで、
自分に戸惑うばかりだ…。


『自分でも、怖いと思ってしまうほどに…。』


『誰にも言えない、言えるはずもない、私の秘密…。』

< 6 / 299 >

この作品をシェア

pagetop