Summer 7th Heaven

出発当日。

どうしても見送りに行きたいからと、寝台列車のコーチで僕たちは待ち合わせた。

出発20分前。
約束の時間に、10分も遅刻だ。

と、そんな時、遠くの方で僕に向かって手を振るマナトが見える。

イライラと腕時計に目をやりながら、近づいてくるマナトに、片手を上げて応えたが、今度はそのポケットがけたたましく応答を叫んでいた。

画面を覗き込むと、僕の目の前に片手を差し出し、次の言葉を制する。

「わりぃ、駅弁2人分」

と、やっとマナトの目の前までやって来て、すぐさま僕に向かってポケットの中からクシャクシャになった5千円札をおもむろに僕に押しつけた。

おごりなら仕方ない。
電話に応えるマナトに背を向けて、キオスクへと足を向けた。

夕方出発の寝台列車のホームは、思ったより人が多い。

サラリーマン風の男性や、おばあちゃんに手をひかれた子供が抱き合って、お別れの挨拶をしている。

僕が戻ろうとした頃、マナトはようやく電話を切った所だった。
その顔には怒りがにじみ出ている様だ。

会話までは聞こえなかったが、電話に向かって怒鳴っている様な、そんな雰囲気だった。

「何かあったのか?」

マナトはキッと睨みを利かせた後、ふてくされた様な顔を向ける。

「かーちゃん!」

そう言い捨て、少し向こうの柱にまで大股で歩いていき、そこに置いてあった大きなバックパックと共に僕の前までやってきた。

「俺も行く!」

「はぁ?」

そう言い放つと、唖然とした僕を置いて、マナトは背中をスッポリ覆うバックパックを背負い、再び大股で電車に飛び乗ってしまった。

「ちょっ、おい!」

僕が言葉になった時には、すでに手遅れで、発射を知らせる合図がホームに鳴り響いていた。仕方なく、ため息と共にマナトの元へと駆け出した。

寝台列車の通路は、部屋番号とベッド番号を確認しながら進む人で埋め尽くされており、先へと進むマナトの背中を、人をかきわけ必死で進み、ようやく部屋番号を確認し、狭い部屋のドアを開けた時には、大きく足を組み、腕を組んだままのマナトが不服そうに窓を睨みつけていた。

どうやら奴の作戦にまんまとはまったといった所だ。
浅はかだった・・・。

「何やってんだ、バカが!」

やっとのことで追いついた僕の開口一番の怒号を、マナトは冷静にカバンをベッドに放り投げながら受け止めていた。

僕もバックパックをベッドへ放り投げる。

「言っても納得しなかったろ?だから、大学の図書館出て、お前と別れた後、すぐに教務課行って、休学届提出してきた」

あまりにも冷静なマナトの答えに、僕は腹から湧き上がる怒りを抑えきれなかった。

僕が休学届を提出する前の話だ!
一人でも行くつもりだったのか?

考えれば考えるほど、怒りは収まらない。

これ以上単位を落として、ましてや休学するなんて、マナトも立場は僕と同じはずなのに・・・

「安心しろ、これは俺自身、一人で決めた事だから」

「お前には、心配する両親が居るだろーが!」

「大丈夫、話は付けたし」

「あの電話でか?」

僕の顔を見るなり、狭い寝台車の中で、マナトが僕に詰め寄った。
僕は思わずたじろいでしまう。

「俺はお前の何だ?何もかも1人でしょい込む癖、いい加減卒業しろ!それに、お前にバッカ好いカッコさせてたまるかっ!」

そう言って、マナトは指で僕の胸を小突くと、ベッドにドサリと腰を下ろした。

呆れ過ぎて言葉も見つからない。
そんな呆れた言い訳が、本気で通じるなんて思っているのだろうか?

列車が出発してしまった以上、何を言っても元も子もない事は分かっている、興奮を鎮めつつ、諦めて向かいのベッドに腰掛けた。

「弁当食うか?」

マナトの拍子抜けの一言は今に始まった事ではないが、それが和解の合図である事に、僕は内心ホッとしていた。

「で、休学届の理由、何て書いた?」

今度は僕が詰め寄る番だ。

「んー?そりゃ、秘密。」

「なんだよっ、俺には聞いたくせに・・・」

お腹も満たされた頃、窓の外を通り過ぎる景色は、都会から田舎へと移り変わっていた。

“ボナセーラ ”

穏やかな女性の車内アナウンスが響き渡る。

廊下で背伸びをしながら一心に窓の外を眺める褐色の肌の少女が立っているのに気がついた。隣の部屋の客だろう。

一人の女性が歩み寄り、彼女に笑顔を向けて外を指さしていた。

そんなやり取りを見ていたマナトは、閉じられた扉の向こう側に向かってべーッと舌を突き出している。

こちらを見つけた少女がはにかむ様に笑うと、今度はニッと歯を見せていた。
到着予定は明日のお昼過ぎだ。

マナトは暇な時間を、再び推理に費やそうとしている。

ベッドわきに置いてあったイスに腰掛け、足を組み、考え込むように、右手は頭に置かれている。

どうやら、気分は探偵のようだ。

そんなマナトを暫く眺めていると、威厳たっぷりに、チラリと僕に視線を向け、再び日記に目を落とす。

「うむ。私の推理が正しければ・・・この “20回生まれ変わったら “というのは、二十歳になったら、という意味だと思うのだが・・・君の意見も聞きたい、どう思うかね?ワトソン君」

「ワトソンはお前だろーが・・・」

「ワトソン君、君が私の名を語るのは少々図々しい」

図々しいのはどっちだよ・・・気を取り直して、僕も自分の意見を口にした。

「恐らく、その後に続く “今年の7番目の月が満たされる今宵 ”ってのは、二十歳になった年の、7月の満月の日の夜だってことだ。その日もまだ間に合う。調べたからな、図書館で」

「・・・うむ。さすがは私の助手だ、よくやった、ワトソン君。だがしかーし、君は図書館で勇敢なマナト君に知らんと言ったと聞いている。さては貴様、モリアーティ・・・」

「疲れてたんだよ!」

僕はうるさいマナトを黙らせるため、大層に持った手紙と日記を、その手からおもむろに取り上げた。

そのはずみで、大きくめくれ上がった表紙のシールの端が指に当たってか、小さいシミがにじみ出したことに気が付いた。

なんだ?
とその指に作ったシミの存在を確かめるべく、僕は日記を開いてみた。表紙のちょうど真裏の、大きく僕たちの名前が記されたシールが剥がれたその裏面に、文字が浮かび上がっていた。


“カネの音がなりひびく、
それは始まりのあいず“


つたない子供の文字のようだ・・・

日記に書かれてあった、ミューの子供の頃の字に間違いない!!

「でかしたぞ、ワトソン君!」

マナトはそう言うと興奮した様子でイスから飛び上がり、日記を覗き込んだが、僕のひと睨みで、ヘーヘーといつものように両手をかざした。

「俺たちに謎解きをさせるためにミューはワザワザこんな手の込んだ事を?」
「って言うよりむしろ、昔の日記は、過去につながる地図になったってわけだ。」

マナトはそう言って僕にとくい顏を向ける。

「どうよ、かっこよくね?」

「・・・だっせぇ」

僕の真顔の返答に、マナトは口の端をピクピクさせ、奇妙に顔を歪ませた。

「何でこんな昔に書いたものが、今になって?」

「ミューちゃんは、あの手紙の存在を知ってたってことだろ?いつかはお前も気づくってさ、劣化の激しくなる、シールがいずれはがれる可能性を見越して・・・」

「今のちょうどこの年の、この時間を予測してか?この絶妙なタイミングで?何の為だ?存在を知ってて何で隠す必要がある?」

僕の言葉に、マナトは乾いたような、不思議な笑い声を上げたので、しばらく考え込んだ後、その謎解きは到着した先で考えようと、マナトに提案した。

今は流石のホームズにも休息が必要だ。

それより、これ以上間違った推理をしても、考えれば考えるだけ、今は混乱を招くだけだと思った僕は、ベッドに軽くもたれ、しっかりと奪った日記を広げて顔に乗せた。

「そのカッコの方が、一昔前の旅人って感じでだっせぇよ。それをやっていいのはスナフキンだけだ」

「うるせぇ!しばらくお前も横になれ!」

それでもマナトはあーでもない、こーでもないと、推理を続けるのを止めることはなかった。

こんな感じで、僕たちの波乱に満ちた旅が始まった。

少々先行きが怪しいが・・・時間はまだたっぷりある。

そうだな、ここでマナトについて少し話しておくのも悪くはないだろう・・・。
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