Summer 7th Heaven
奴との出会いは、高校に入って間もなく訪れる。
人との付き合いが極めて苦手な僕は、クラスが徐々に仲良しグループを作っていくのにも付いていけず、休み時間でさえも、一人で素晴らしいガリ勉ぶりを発揮していた。
入学式から数ヶ月経った、そんなある日の昼休み。
ほとんど人の居なくなった教室で、一人空しく教室から運動場を眺めていると、バスケットを楽しむ連中が目に入った。
暫くその様子を眺めていると、視線に気づいたその中の一人が、ふと校舎を見上げ、嬉しそうに手を振りまわしている。
驚いた僕は、慌てて教室の窓を閉め、再び席に戻り、ため息交じりに参考書を引っ張り出した。
変な趣味があると思われたら、それそこ高校社会で生きていけなくなるな・・・
そう思いながら、少しも経たないうちに、ドタバタと廊下を響かせる足音が近づいてくることに気が付いた。
振り返ると、勢いよくドアを開ける一人の男が、僕の方に大股でやってくる。
ヤバイ、さっきの奴だ。
男は走って来たのか、鼻息も荒く、おもむろに僕の肩に掴みかかった。
『君、バスケやんない?』
知らない男がそう言うと、ニヤリ顔を走らせた。
『はぁ?』
それが、マナトとの出会いだ。
少し明るめの茶色い髪はフワッと天然のウェーブがかかっていて、健康的に少し焼けた色の肌に、笑うと少年のような屈託のない純粋さを見せる。
同じ色のまん丸の瞳はまるで・・・餌を欲しがる犬。尾てい骨辺りについたうすい茶色のフワッとした尻尾が千切れんばかりに振られる様子が見える様だった。
顔を知らないのは当然で、そいつは3組も向こうの教室の “お祭り男 ”という愛称で知られたバスケ部の奴だと後で知った。
僕は人懐こい犬の様な瞳に押されつつも、努めて冷静に対応する。
『いや、いい。』
僕のこの一言から、来る日も、来る日も、休み時間になる度に、マナトは僕の教室にやって来ては、バスケ部に入らないかと勧誘を諦めなかった。
『君なら即効スタメンだと思うんだけどな~』
ある日は、僕の首をグッと引き寄せては、耳うち作戦だ。
『バスケやると、女子にもてるよぉ~』等々である。
鬱陶しい、うるさい、馴れ馴れしい、騒がしい奴。
ま、とにかくマナトの第一印象は最悪だったわけだ、このバカ犬を飼いならすには手が焼ける・・・それは今でも変わらないことだが・・・。
そんなある日の出来事。
やっぱりその日も終業ベルと共に、ドタバタと足音を響かせて、勢いよくマナトが教室に現れた、その頃にはすっかり名物となっていて、マナトが教室のドアを開けるやいなや、“よ!今日もナンパですか?兄貴! “などのヤジが飛ぶ。
マナトはそれに向かって嬉しそうに手を上げて、盛り上がる教室を制していた。そんな僕たちに、賭けを始める者まで出始めていたのだ。
『いい加減にしてくれ!』
ついに我慢の限界だった。
僕の一言に、教室内が一気に静まり返る。
一瞬ざわつきと共
小さく聞こえるささやき声。
“空気読めよ ”
“つまんねぇー奴 ”
周りを囲んだ女子たちは、そんな僕たちをハラハラした様子で見守っていた。
『ほらねぇ~?超バスケ向きの長身だしぃ~!』
思わず立ち上がった僕に、マナトは一人ヘラヘラと自分の頭に手をやると、自分と比べるように手を水平に振っていた。
今の状況が全く掴めていない様子だ。
その言動に、その場に居た全員の力が一気に抜けるのを感じ取れた。
『わかった!やればいいんだろ、やれば!!』
不服そうな僕の一言に、ワッと教室内が沸き立ったのは、言うまでもない。
さっきまで僕を横目で睨んでいた奴は “やったなぁ~ ”と、マナトの頭を小突いたり、勢いよく “良くやった! ”とワシャワシャなで回したりしている。
マナトは誇らしげに勝利のVサインをかざした。
結局、マナトに押しきられてしまったのは、今も昔も変わらない。
だけどそのお陰で、僕の高校生活は一変することになった。
みるみる腕をあげ、人生で初めて、勉強以外に夢中になれる事が出来たのだ。
マナトの目は節穴じゃないことにすぐに周りが気付き始めていた。
元々長身だった身長は、見る見る伸びて、今じゃ183Cmだ。
顔も知らない奴から、廊下ですれ違うたびに、 “試合頑張ってな ” とか “期待してるぜ! ”などのエールをもらうようになり、常に冷静に判断できる頭脳プレーがコーチに認められ、2年に上がる頃にはスタメンで華々しくデビューを飾り、元々弱小だったチームも、県大会まで勝ち進んだ。
3年に上がる頃には、僕たちは “牛若丸 ”と “弁慶 ”の愛称で知られる最強コンビとなり、試合で勝ち進むたびに、応援数も増えて、ちょっとした学校の有名人となっていた。
もちろん、牛若丸はマナトで、仏頂面の僕は弁慶だ。
“弁慶 ”と書かれたユニホームは、卒業時に書いてもらったチーム全員の名前も刻まれて、今でも華々しく部屋を飾ってある。
高校を卒業すれば、その栄光も素早く過去のものとなり、大学では意味がないものへと変わっていくが、これだけが僕の自慢できる、人生の栄光として記憶されているのは確かだ。
その頃から変わらない持ち前の明るさで、マナトは男子にも女子にも慕われていた。
いつも輪の中心に居るような人物だ。
僕はいつも1歩下がってそれを眺めて居たっけ・・・
女子からは、絶大な人気で、よく練習終りに引き留められては、手紙をもらっている姿を見かけた。そんな時には決まって、今はバスケに専念したいと、丁寧に断っていたけど・・・その子は男子生徒が事あるごとに名前を上げる女生徒だった。
マナトいわく、まだ運命を感じる出会いがないらしい。
誰彼かまわずチャラチャラしている様にも見えるが、真剣な相手にはきちっと答える奴だった。人気の上に胡坐を書く様な奴でもないというのに気付き始めたのは・・・
部活に真剣に取り組む姿を初めて見た時だったか・・・
バレンタインの時は大変で、家路に就く頃には2袋余計に荷物が増えていた。
朝来ると下駄箱ロッカーにはすでにプレゼントがギュウギュウ詰めで、中から教科書を取り出そうとした途端に雪崩が起こっていた。
『いつから郵便屋に転職したんだ?』
向かいのロッカーから、からかう僕が、ロッカーを開けると、えらく硬い包み紙が僕の足に直撃し、思わずうめき声を上げるのを、マナトは意地悪く笑っていたっけ?
『そういうソラ君のロッカーはビックリ箱になったみたいだねー、お疲れさーん』
そう言うマナトを睨みつつ、情けなく足の甲をなでる僕。
で、バレンタインの翌日、マナトは腹痛で欠席。
きっともらったチョコをご丁寧に平らげようとしたのだろう。
マナトは本気でそういう奴なのだ。
全ては懐かしい思い出。
恥ずかしい表現だが、マナトは僕にとって太陽のような存在だった。
そして僕は月。太陽の光を受けて輝くからだ。
(これはミューが教えてくれたことだっけ?)
僕だけじゃない、多分、周わりのみんなにとって、そんな大切な存在だったのだと思う。
だからこそ、マナトがこんな僕の友達でいることを、未だに不思議に思うのだ。
どうして僕だったんだろう?って。
以上が、マナト伝説だ。