Summer 7th Heaven
「掃除は月一回来てもらっている。それも昨日終えた所じゃ、ちょうど今日から暇を弄ばせておった所じゃわい」
マナトは目で何かを訴えたが、僕は小さく首を横に振った。
「今日はよろしくお願いします!」
さっきの目はいったい何を訴えた合図なんだよ・・・
「・・・暫く、荷物を置かせていただいても構わないですか?」
僕はため息と共にそう言うと、マナトの顔は一段と輝き、今度はおじいさんの方に期待を込めて向き直った。
「断る理由が見つからないのぉ」
そう言うとおじいさんはニッコリ笑った。
今度はマナトの喜びの声でホールが満たされたのだった。
「わしはここの図書館のオーナーをしておる、老いぼれじゃ、よろしくのぉ」
僕は向き直ると、慌てて右手を差し出した。
「空です。こっちはマナト」
おじいさんは僕の手を取ると、嬉しそうに握手を交わし、もう片方の手を、その上にそっと重ねて、まるで小さな子供をなだめるように、ポンポンと、軽く叩いた。
「愛の鳥と書いてマナトね。よろしくな、じっちゃん!」
お決まりの自己紹介。
マナトもしっかり握手を交わすと、おじいさんはなぜか嬉しそうにうんうんと頷いた。まさかこの調子で売店の女性のように、おじいさんまで口説き落とすつもりなのだろうか?
それはさておき。
早速、広く作業ができるよう、大きな机がある場所を尋ねると、おじいさんは喜んで案内してくれた。
「ついてきなさい」
“アリスの庭 “の目の前まで来ると、入口側からは見えなかった階段がその庭の手前から両手に別れて続いていた。
ホールから向かって東側の階段の手前には、ロープが張られており、立ち入り禁止の札がぶら下がっている。
僕はふと、秘密の楽園を思い出していた。
「こっちじゃ」
その声に我に返ると、西側の階段の中ほどで、おじいさんとマナトがこちらに振り返っている。マナトは親指でクイッと僕を先へ促し、再び階段を上り始め、僕は足早でその後に従った。
「すげぇ!すげーよ!!」
この言葉をさっきから何度連発している事か・・・
2階に案内された僕たちが、今までに通り過ぎた全ての部屋を覗き込んでは、マナトはその度に感嘆のため息を漏らしている。
どの部屋もドアはなく、カテゴリー別の札がちょうどドアがあったと思われる上の方に記され、全てが個室になっていた。
部屋は廊下を挟んで対面するようにずらりと並んでいる。
それだけでも学校にある様な図書館が運営できる程だ。
もっと暗いと想像していたが、うす暗いのは廊下だけの様だ。
どの部屋も、読書や勉強がはかどりそうな明るい日が射込んでいる。
今通り過ぎた部屋を軽く覗くと、僕の通っていた中学校の図書館の広さと同じぐらいだった。
「ここは昔ホテルでな」
「買い取ったの?!」
マナトは屋敷中探検して回りたくて益々、うずうずが止まらない様子だった。
「うちの屋根裏に収まりきれなくなってのぉ」
僕たちは黙って顔を見合わせた。
「じっちゃん、何者?」
その言葉におじいさんはふと足を止めた。
「それはまた後日、じっくり話すとしよう」
そう言うと、僕たちに振り返って、おじいさんは意味ありげに、ニッコリほほ笑み、クルリと前に向き直って再び足を進めた。
いや、意味など全くないのかもしれないが・・・
おじいさんの言葉には、何か秘密が隠されている様な・・・
含みを利かせる独特な話し方は、不思議な感覚を覚えさせた。
マナトでさえもそうだったに違いない。
片眉を持ち上げて、腕を組み、不思議そうに小首をかしげて、何やら一人で考え込んでいる。
口説いてきた歴代の人物たちのレパートリーには、明らかにこんなキャラクターの人はいなかったのだろうと思うと、僕は思わず笑いをこらえた。
変わった人だが、この洋館にはピッタリの人物に思えて、不審に思う所か、なぜか僕はこの人がとても好きになれそうな気がしていた。