Summer 7th Heaven

素早くコモンルームに置きっぱなしにされた荷物を持ち出し、部屋に運び入れる。

大理石に置かれたノートや日記、メモ類は、そこに置いたままだ。

どうせまたあの場所を使う事になるからな・・・

コンコン。
開け放たれた部屋のドアをマナトが軽くノックしている。

「いくぞー!」

いつもは最後までもたついているマナトが、ドアの前に立っていた。
肩にはタオルを引っかけて 、“根性 ”とプリントされた黒のランニングにショートパンツ。

ポケットにはキーチェーンでしっかり固定された携帯電話が覗いていた。

どうやら極上のワインは何が何でも譲らない気らしい。

分かりやすい奴。

僕も今になってがぜんやる気が湧きおこって来た。

ミューに繋がる何かであるなら、尚更だ。

「何か、不思議な建物だよな、ここ」

僕は頷くと、階下に伸びる階段までの廊下を歩きながら、ぐるりと見回した。

「鐘を鳴らすだけのスイッチは忘れるほど小さいものなのか・・・忘れるほどこの屋敷が広いのか・・・あのおじいさんの事だ、絶対何かある」

僕の言葉に、マナトはげんなりした声を押し出していた。

「まずそう思って間違いなさそうだな・・・だけど・・・」

階段まで来て、マナトがニヤリ顔で僕を見る。

「極上のワインは俺が頂いた!」

そう言い捨てると、僕を軽く押しやって、ホールに向かって早足で階段を駆け降りた。よろめいた僕は危うく階段を転げ落ちそうになり、マナトはそれを階下で意地悪そうに笑って見上げていた。

ホールに着くと、僕たちより先に到着していたおじいさんが、両手を後ろにまわしたまま、ゆっくりと僕たちに振り返った。

「では、早速ルールを説明しておこうかのぉ」

おじいさんの言葉に、マナトは軽く身構える。

「まず、君たちには二手に別れてスイッチを探してもらいたい。愛鳥君、君は西館を」

マナトは、やる気十分な顔で小さく頷いた。そう言って今度は僕に目を移す。
「そして空君、君は東側じゃ」

僕も軽く相槌をうった。

「どの部屋を見て回っても構わんが・・・西館の外れにある小さな塔には決して近づかないこと」

ここでおじいさんはもう一度マナトに鋭い目線を送った。

「あそこは昔、孫の為にお遊びで建てたものじゃ、あの鐘もそうなんじゃが・・・今は足場が悪くて崩れやすくなっておる、念の為に言っておくがの」

マナトはそんなおじいさんの忠告に残念そうだが、理解を示した。

「見つかっても、見つからなくても、二時間後には必ず、ここに戻ってくる事」

そんなに見つけにくい場所に?
僕は屋敷の広さを思うと、もう断念してしまいそうだった。

「どうやってそのスウィッチだと見分ければいいんです?」

「押してみればすぐにわかるじゃろ?」

おじいさんは意味ありげな笑顔を浮かべていた。

「なぁに、刃の付いた天井が降りてくるスウィッチは作っとらんので安心せい」

マナトがハハハと乾いた声を出したが、目は笑っていなかった。

「最後にもう一つ・・・」

そう言っておじいさんは僕たちに背を向けると、2、3歩前に進んで、ゆっくり僕たちに振り返った。

次はどんなことがおじいさんの口をついて飛び出すのか、僕たちは思わず固唾をのんで言葉を待つ。

「くれぐれも、気ぃつけてのぉ」

そうして、いつもの過ぎる冗談はさておき、おじいさんは片手を頭上高くに持ち上げた。

「位置についてー・・・」

僕たちは慌てて背中をつき合わせる。

「勝負だな・・・」

マナトの声が背中越しに聞こえた。

「望む所だ」

僕は鼻を鳴らす。

「始めぃ!」

おじいさんの声がホールに轟いた。

マナトは西館に猛スピードで駆け出し、僕はゆっくり歩いて東館に向かった。

この屋敷は4階建てになっている様だ。

2階は、僕たちの宿泊部屋以外は鍵がかかっており、マナトには悪いが、開かないようになっていたのには心底助かった。

3階に続く薄暗い階段を上りきると、再び目の前に現れる扉の数に、僕は小さくため息をつくことになったが・・・

4階もきっと同じ造りなっていることを考えない様に、自分を奮い起すと、3階の一番手前のドアノブを捻った。

ギーっという音と共に、僕は部屋を覗きこむ、そこは本の倉庫の様な部屋だった。

カーテンが閉められたその少しの隙間から、美しい陽光が差し込み、幻想的にほんのりと内装を照らし出している。

薄暗くてよく見えないが、雑多に置かれた様々な本が散らばっていて、壁紙のように置かれた本棚にはまだ整頓されていない古い本がぎっしりと詰まっている様だった。

その中央には、置き場所を失くした本が階段のように螺旋状に積み上げられている。

その奥に立派なデスクの様なものも確認できた。

僕は入口付近にあったスウィッチを見つけると、すぐさま緊張した手で押してみることにした。

カチッという乾いた音が静寂に響く。

何度か点滅した後に、一気に部屋が明りで満たされた。

だよな・・・

そんなに簡単に見つかるはずがないのはわかっていたのに、僕は設置された天井の明りをため息交じりに見つめた。

ん・・・?

その少し横の天井が、ポッカリと空いている・・・

何だろうとその下を追って見ると、先ほど置かれていた螺旋状の本は、石で造られた偽物で、インテリアの一部の様な、お洒落な階段になって天井の穴に続いている・・・

倉庫に乱雑に置かれたような本たちは、この部屋のオブジェの一部だった様だ、見事なものである。

随分使われていない階段の様で、一段足を踏み入れると、そこだけ小さく埃の足跡が残る。細い手すりを持った手も埃だらけになっていた。

4階の部屋に続いている様だが、その先は見えない。

僕が足を進めると、ここも昔は図書館の部屋の一部として開放されていたのか?

その名残が伺える洒落た内装が下に広がっていた。

本棚の上部には、アルファベットが表紙一面に書かれた偽物の本が、散らばっている。

“読むのは好きかね?”

全て合わせると一つの言葉が浮かび上がっていた。
僕はフッと笑って先に足を進め。

4階に登りきると、真っ暗で何も見えない。

僕はポケットを探り、ケータイの明りを頼りに、入口付近までやって来たが・・・

どうやら扉は外から鍵が掛かっているようで開かず、鍵も見当たらない。

とりあえず部屋のスウィッチをまさぐった。

再び乾いた音が聞こえると、深紅のビロードのカーテンがキッチリ閉まっている他、がらんと何にもない空間が広がっているだけだった。

木張りになった床がギーっときしむ。

その時、目の端に黒い人影が見え、僕はサッと身構えた。

そこには、目をぎらつかせた不格好な自分が見つめ返している。

驚く事に、左側の壁一面は鏡になっていたのだ。

近づいて軽く触れて見るが、僕のまぬけな顔が写っているだけだ。

手には冷たい感触が伝わってくる。
かなり大きな一枚鏡。
僕は小さく鏡を叩いてみた。

コインッ・・・

まるで向こう側が空洞になっているような音だ。

僕は驚いて後ずさりをすると、確かめて見るべく、今来た本の螺旋階段を下りて、再び4階に向かった。

409号室。

4階への階段を上って一番初めの扉を横目で通り過ぎ、その隣の部屋のドアノブに手をかける。

何とも不気味な部屋番号だ。

そう思いながら、僕はまたしても暗い部屋のスウィッチをまさぐった。

そこに広がる内装に、僕は愕然と立ち尽くす。

なんと、先ほどの鏡の間の反対側は、マジックミラーになっていて、隣の部屋との境目がないように見える。カーテンと同じような深紅のソファーが対面しておかれ、そこには白い布がかぶされていた。

それだけで他には何も見当たらない。

どうしてこんな趣味の悪い部屋を?僕が怪しんでいると、突然、耳の奥の方でキーンという音が鳴り響き、僕は思わず耳に指を押し当てた。

「勇敢な冒険者の諸君!今日の冒険はここまでじゃ!」

どこから聞こえてくるのか、おじいさんの声だ。

「思ったより早く準備ができたのでな、夕食じゃ~」

緊張が解けるその声に、一気に肩の力が抜ける。
僕はもう一度部屋をぐるりと見回した。

さすがは図書館だ、館内放送の設備までも万全らしいが、この部屋についてはしっかり聞いておく必要がありそうだと僕は腕時計を見た。

あれから40分ほどしか経っていなかったが、鐘の音が聞こえてこない事を思うと、マナトも収穫なしの様だった。

ホールに着くと、マナトがおじいさんから何かを手渡されている所だった。

僕に気づいた2人が、同時にこちらを振り返る。

「疲れたじゃろ?ゆっくり風呂に浸かって身きれいにしてから、夕食にしよう」

そう言って、おじいさんは僕にタオルを手渡した。

そこには英語で、またしても“読むのは好きかね”と、目も覚めるようなピンク色で一面に書かれてある。

マナトはそれを不思議そうに眺めていた。

僕はベットリと湿ったTシャツに鼻を寄せ、顔を歪ませた。
確かに、爽やかな青春の香り付きで夕食の席に出るのはあまりにも失礼にあたる。

「風呂はこの先の離れにある。真っすぐに庭を進みなさい」

僕はタオルを受け取ると、おじいさんを見つめた。

その横でマナトは服についた埃を一身に払っている。

いったいどこまで隈なく探したのか・・・横目で見ると、頭には大きな埃が付いたままだった。

こちらに気づいて、情けない顔を向けては、子供のように口を尖らせている。

「今日は時間がなかったけど、次は必ずワインを頂く!」

と、おじいさんに宣戦布告だ。

僕はアリスの庭のその先に続く、風呂場までの庭を見つめ、おじいさんを振り返った。

「話したい事がたくさんあるのはわかっておるが、君たちの武勇伝は後じゃ」

おじいさんは見透かすように僕を見つめてそう言った。

「ソラー?」

後ろではすでに歩き出したマナトが呼んでいる。

僕はもう一度おじいさんに顔を向け、仕方なくマナトに続いた。

新しい服を取りに部屋に戻った後、夕食が冷めない内に、僕たちは風呂場へと急いだ。
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