Summer 7th Heaven
僕は照れたように小首をかしげて笑う色の白い女性の前で立ち止まった。

マナトは予測もつかないいきなりの出来事に、アホ面を浮かべたまま、好奇心だけは忘れまいと慌てて僕の後に続いていた。

「ミュー・・・?」

僕は脱力感とともに言うと、2人の女の子に挟まれて座っていた、ひときわ際立った瞳が印象的なその女性は、すぐ僕に気付いて笑顔を引っ込め、バカみたいに突っ立ったままの僕に目を上げた。

まるで僕の一言が合図のように、両脇の女の子たちは目を丸くしたまま、ソワソワした様子で僕と彼女を忙しそうに見比べている。

マナトもそんな女の子と同じように、とても忙しそうだ。
こっちは違う意味でだけど・・・

当事者の彼女は、まだ状況がおぼつかない様子でポカンと僕を見つめている。

この状況に初めに耐えきれなくなったのは僕で、後から追ってくるひたすらの後悔を背に、向きを変えようとしたまさにその時だ。

「あーーーー!」

という突然の大声が込み合ったカフェに響き渡った。

大半の人間が振り返ってこちらを見つめていた。

それぞれの話を中断し、もっとよく見ようと身を乗り出す者もいた。

隣の席の眼鏡の男は驚いた拍子に開いた参考書の上にコーヒーをぶちまけて、焦って拭きとっているのがチラリと見えた。

その隣のテーブルの太った女性は、よそ見をしている友達のおかずにこっそり手を伸ばしている所だ。

そんな事より、恥ずかしさと気まずさと焦りで、なんなら消えてしまいたい・・・。

「ソラの女友達にしては、激しいね~彼女」

ヒヒッと笑ってマナトがコソッと耳打ちすると、右手を差し出した。

「どーもーっ。ソラ君のお友達の、“愛”の“鳥“と書いてマナトくんで~す♪何?久々の再開とか?ソラも知り合いなら先に言えよな~」

目の端で僕をチラッとのぞき見ながら、マナトの調子はずれな自己紹介。

こんな時のマナト様?

と、とりあえずは言っておこう・・・雰囲気が一気に和らいだ。

何だ知り合いかと我に返った周りのヤジ馬たちは、自然と元の話題に戻っていく。

逃げ出したい気持ちを抑え、というより、逃げ出せない様ほぼはがいじめの状態で僕の首に腕をまわしているのは、マナトが僕を捕まえておく為だろうが、僕は渋々振り返った。

彼女は中腰で両手をテーブルについたまま、すまなさそうな顔で片目をつぶり、小さく瞳を左右に走らせた後、また咳払いを一つして静かに席に着いた。

両脇に座っていた女の子たちは何やら嬉しそうな顔でヒソヒソを彼女に耳打ちしているのを見て、今度は何故か嫌な感じがチクチクと腹のあたりを包んでいるのを感じていた。

僕が“ミュー“と呼んだ女性だけは、耳打ちする彼女たちの声を聞きながらも、僕をヒタと見つめたままひたすら柔らかい満面の笑顔を僕に向けている。

「お久しぶり、お隣のソラちゃん」

そう言って彼女は、体制を立て直し、昔とちっとも変らない様子で、照れたように小首をかしげて微笑んだ。

微笑み返すこともできず憮然と返事を返す僕。

「久しぶり」

「よかった、さっきは大声出しちゃってごめんね?」

そういうと彼女はバツが悪そうに笑った。

違う関心を示して僕の隣で必死にニヤつきを我慢してる奴とは大違いの懐かしい笑顔だった。

「まさかお隣にこんなかわいい子が住んでたなんて聞いてないぞ、硬派のソラちゃん」

未だ意味深なニヤケ顔をこらえながら、マナトは隣の席から「ちょっと失礼」と椅子を2脚引きずって、無理矢理僕を押し込めることに成功した。

隣の眼鏡の男はこちらをチラリと横目で睨み、まださっきこぼしたコーヒーのシミを気にしている。

両脇に座っていた女の子達は、ミューに小さく耳打ちした後、男の僕には全く見当もつかない、女の子同志の何か特別な合図をかわされた様に、弾かれるように立ち上がった。

「講義があるから予習してくる」と不思議な言葉を残したまま、まだまだ真っ昼間のカフェを後にした。

誰かさんにも見習ってほしい言動だな、間違いなく。
マナトは彼女のことを話すまできっとテコでもここを動かないつもりだろう。

「昼飯という大事な授業はもういいのか?」

「うん、いいの。次の授業休むから。」

即答かよっ!

どうやら何の作戦も成功しないようだな・・・
頼むから余計なことだけは言わないでくれと僕は心の中で必死に祈っていた。

「さっきは本とびっくりしたよ、何せ奥手のこいつが君を見つけてわき目も振らずすっ飛んで行くもんだから・・・」

案の定。僕は言い終わらない内に慌ててマナトの口を抑る。

もがくマナトを無視して、「気にすんな」と必死で彼女に訴えた。

彼女はすっかりリラックスした笑顔でクスクス笑いながら僕たちを見守っている。

「で、お隣さんていつから?」

マナトはモゴモゴ言いながらも僕の腕を払いのけてまくしたてるように早口だ。
いい具合に筋肉の付いたマナトの腕のほうが勝って、結局いつも僕の方が力負けしてしまう。

最近生活を切り詰めすぎていて、まともな夕食にもありついてないから。

ということにしておこうか・・・

ちなみに身長は僕の方が3cm程高いけどね。

「お隣さんって言っても1年間ぐらいかな?ね?」

彼女は僕に同意を求める素振りを見せ、フッと笑顔を洩らすと、可笑しそうに話を進めた。

あまりにも落ち着いた彼女の雰囲気にのまれ、僕たちは一瞬にらみ合ってから、椅子にキッチリ腰かけ直した。

ここで彼女はマナトに改めて簡単な自己紹介を済ませた後、記憶喪失が一気に解消したように目を大きくキョロキョロとさせながら身振り手振りに話し始める。

そんな彼女に僕もフッとため息をつき、小さく笑って彼女に向き直った。

「初めて出会ったのはお互い小学生の時、私は1学年上のクラスだったの、一
番の仲良しで・・・」

こんな風に熱っぽく話す彼女の姿を見て、思い出さざるを得ない。

昔とあまり変わっていない一生懸命な話し方・・・どことなく目の前にいるマナトの顔と彼女の顔が重なって見えた気がしたのだ。

高校の頃の、初めてマナトが僕に話しかけてくれたあの大きめの瞳と少し大げさなボディーランゲージ。

一見落ち着いて見えないように聞こえるが、不思議となぜか安心した気持ちにさせられる。

「懐かしいなぁ・・・例えばあの・・・」

そう言うと彼女は唐突に身を乗り出し、マナトから僕に、その大きな瞳を向けた。

「な、何?」

あまりにも近い距離で彼女が僕の瞳を覗き込む。

真剣な瞳だ。心臓が跳ね上がる。

マナトの大きめの咳払いで、彼女は我に返ったが、その瞳はまだ真剣だった。

「ね、ソラちゃん覚えてる?放課後もよく遊んだあのお気に入りの場所・・・」

唐突の質問に僕はドギマギしながらとりあえず「あぁ・・・」と、曖昧に返事を返したが、その一方で、頭の片隅にしまわれた記憶の引き出しを必死で探っていた。

その横でマナトが一際興奮した声を上げている。

「それってもしかして秘密基地?!」

「それほどのものでもないけど、それほどのものかなぁ?」

彼女はそんなマナトに意味ありげに答えてから、僕に目を移し、クスクス笑った。

「うっわ~!なっつかし~!一度は憧れて作るよね、そんな場所!作った、作った、子供時代!」

マナトも同じように笑った。

秘密基地か・・・思い出した、あの頃の様に鮮明に。

「ソラちゃんは都会から来た美少年の転校生としてちょっとした有名人だったのよ」

「そんな時分から男の敵だったんだね、君は・・・」

ミューのその言葉に、マナトはあからさまに嫌な顔をしたが、僕はそれを軽く無視し、懐かしい思い出に浸った。

「それで、思い出してくれた?私たちの秘密の楽園」

僕はハハッと笑ってコクリと頷いた。
彼女はまたしても意味ありげに目を細める。

「じゃ、あれは?」

「なになにぃ~?」

先に反応したのはマナトだ。

「秘密の交換日記!」

ガタッ
僕は思わずイスから転げ落ちそうになった。

隣ではマナトが一瞬目を丸くして、こらえきれず僕を指さしたままゲラゲラと笑い転げている。

「そんな顔かよ!」

「うっせぇ!」

ミューはそれを楽しむようにニーッとしたたかに笑っていた。

言うまでもない、僕は首まで熱くなるのを感じ、イスに埋もれた。
勘弁してくれ・・・

「実は、あれまだ持ってんの」

「えーーーーー?!」

僕の反応とマナトの反応はほぼ同時。

説明するまでもない、マナトの嬉しそうな顔たるや・・・僕は隣で悲壮な顔だ。

内容までも、覚えてない・・・

そんな2人に動じることなく、ミューは腕時計に目をやって、脇に置いてあったカバンをサッと手に取った。

「ごめん、わたし次講義あるから行くね!秘密の交換日記は明日持ってくるから、12時よ、この食堂でね、じゃ。」

そう言って、有無を言わさず、彼女はその場をそそくさと立ち去った。

再び立ち尽くした僕たちを背に・・・。

しばらく彼女の背中を追った後、唖然としながらも、ハハッと笑ってマナトはゆっくり僕に向き直る。

「いやぁ~・・・彼女いいわ・・・」

どうやら同意を求めたようだが、僕は苦虫を噛み潰したような顔で、彼女が行ってしまった先を見つめるしか出来なかった。

気づけばお昼が終わろうとしている。

急に腹の底から蘇ってきた空腹から、僕たち2人は次の講義をサボって、さっきとは嘘のように静まり返った学食で食事を済ませた。
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