Summer 7th Heaven
今日の授業はこれで終わりだ。
自転車通学のマナトと、電車通学の僕は駅までの少しの距離を歩いて帰る、これが僕たちのいつもの日課だった。
「ミユちゃん、ミューってあだ名も妙~にピッタリで、かわい~よな~」
自転車を押しながら、マナトからは彼女の話題しか出てこない。
まるで新しいオモチャを買ってもらった子供のようにはしゃいでいる。
その一方で、押し黙ったまま僕は、不機嫌に「あぁ」と短い返答を繰り返していた。
「彼女狙うことにしたから。」
「あぁ」
「仏頂面のスネオ・・・」
「あぁ」
横から、プッと噴き出すマナトの声にハッとした。
「ふざけんなよ・・・」
「お前が聞いてないのが悪い。つか、お前には悪いが、彼女をどうしようと、それは俺の自由意志だし」
爽やかにそう言うと、悪びれる仕草は一切見せないまま、少し間をおいて自転車越しに僕の顔を覗き込んだ。
「お前の過去のかっわいらし~ぃ、日記のことは、黙っといてやるからさっ」
「全く信用できないが・・・」
「べっつにぃ~過去のことだしぃ~子供の頃の話だろ?」
「・・・」
いつまでも機嫌が治らない僕は、押し黙ったまま拗ねる事しかできなかった。
「そんなに過去を振り返っていたいなら一層、自分のおでこにバックミラーでもつけたらどうかな?」
どうやら、極上のオモチャを与えてしまったようなので、僕は強めにマナトの自転車を押してやった。
ふらついたマナトはそのまま僕たちの横を通り過ぎようとしていた中年のおばさんにぶつかりそうになり、慌てて体制をとり直し、平謝りしている。
おばさんは暫く、僕たちが通り過ぎるまでのあいだ中、すごい形相でこちらを睨みつけていた。
「っぶねぇ・・・・」
相当焦ったマナトの顔に、僕は思わず声を出して笑うと、少しすっきりした気がした。
僕も嫌な奴だな・・・マナトは何とも乾いた、気の抜けたような顔でつられてハハッと笑う。
「そういやさ、転校生だったの?お前」
急に振られた話題が、ミューじゃなく自分のことだったので、僕は一瞬とまどった。
どうやらおふざけはここまでにしたらしい。
「・・・」
「ほんと、お前なぁ~んも話してくんないもんな、自分のこと」
僕は再び押し黙った。
「そりゃ・・・高校の頃からの短い付き合いかもしれねぇけど、もう少し、俺のこと信用してくれもいいじゃね?」
口をとがらせながらモゴモゴ言う横顔をまともに見られなかった。
そして、マナトは押し黙る僕に、それ以上何も聞いては来なかった。
これはいつものマナトの気遣いでもあった。
父親と、母親のことなど、どうやって話せばいいものか、今の僕には分らなかったからだ。
何よりも、親友から同情の目を向けられることを恐れていた。
マナトは、僕が僕の意思で話し出すまで、きっとこれ以上は聞いてこない。
そういう奴だから。
そして僕は・・・そんなマナトの足元にも及ばない情けないスネ夫。
「じゃ、明日な」
「・・・あぁ」
「・・・休むなよ、休んだら俺があの日記―」
「地球が滅亡しそうでもいくわ」
そうして、いつものようにマナトに別れを告げると、僕は駅に、マナトは自転車で、家路に就いた。
お昼過ぎの電車は空いていた。
電車に乗ってからも、家に着いてからも、マナトの言葉が頭から離れなかった。
そして、ミューのあの真剣な瞳、まるで僕が思い出すのを懇願しているようなあの瞳。
誰かに似ている・・・
玄関を通り過ぎると、リビングの入り口を開けてすぐに見える母さんの遺影に目が留まった。
あの頃は楽しかった。
けど、思い出せないことの方が多い。
あの時どうして、僕たちはあの場所に引っ越したんだっけ?
幼すぎてそんなこと考えもしなかった。
だけど考えても仕方がない、思い出せないこともある。
むしゃくしゃした僕は、今日受けられなかった講義の復習と、宿題、予習に取り掛かることにした。
余計なことを考えずにがむしゃらに進め、気がつくと明後日までの予習が片付いていた。夕食につくころには、頭が経営学でいっぱいになる。
今日の勉強は十分だ。
男の一人暮らしには少し広いリビングで、お気に入りの白いソファーに腰掛けると、いつものようにカップラーメンの蓋を開ける。
温かい湯気が立ち上って、僕は一つため息をつき、勢いよく中身をすすった。
折角高校の部活で鍛え上げた肉体も、こうやって衰えていくのだろう・・・
このままいけばヒョロリと背の高いだけの痩せっぽっちの疲れた大人になるか、中年太りの生活習慣病まっしぐらだな・・・
僕は真っさらに見える、普段ほとんど使わないキッチンを眺めた。
その少し手前の、壁に掛けられた鏡にチラリと自分の顔が映っている。
顔を隠す様な真っ黒の前髪は、漆黒の切れ長な瞳にかかったまま小さく右に流されている。
シャープな顎に、少し白めの肌の色、薄い唇。
前よりもこけた様に移っていた。
背の割には小さくまとまった顔の大きさ・・・
明らかに母親の顔とは、違う造りだ。
僕は出来るだけ考えない様、鏡からサッと瞳を反らすと、勢いよく立ち上がり、カップ麺の殻をゴミ箱に押し込めた。
風呂に入しよう。
狭いユニットバスに体を押し沈めて、Jason Mrazと、マナトにもらった、奴のお気に入りのワインで 僕は一日の疲れを癒した。
ゆっくり体を休めて、テレビのスウィッチを切った時、時計に目をやると22時を指していた。
明日のことを考えると胃が痛くなる・・・
今日は早目に就寝することにした僕は、温かい布団にサッサとうずくまった。
きっと明日は騒がしい一日になるだろうな・・・
そう思いながら、深い溜息をつき、僕は静かに目を閉じた。
自転車通学のマナトと、電車通学の僕は駅までの少しの距離を歩いて帰る、これが僕たちのいつもの日課だった。
「ミユちゃん、ミューってあだ名も妙~にピッタリで、かわい~よな~」
自転車を押しながら、マナトからは彼女の話題しか出てこない。
まるで新しいオモチャを買ってもらった子供のようにはしゃいでいる。
その一方で、押し黙ったまま僕は、不機嫌に「あぁ」と短い返答を繰り返していた。
「彼女狙うことにしたから。」
「あぁ」
「仏頂面のスネオ・・・」
「あぁ」
横から、プッと噴き出すマナトの声にハッとした。
「ふざけんなよ・・・」
「お前が聞いてないのが悪い。つか、お前には悪いが、彼女をどうしようと、それは俺の自由意志だし」
爽やかにそう言うと、悪びれる仕草は一切見せないまま、少し間をおいて自転車越しに僕の顔を覗き込んだ。
「お前の過去のかっわいらし~ぃ、日記のことは、黙っといてやるからさっ」
「全く信用できないが・・・」
「べっつにぃ~過去のことだしぃ~子供の頃の話だろ?」
「・・・」
いつまでも機嫌が治らない僕は、押し黙ったまま拗ねる事しかできなかった。
「そんなに過去を振り返っていたいなら一層、自分のおでこにバックミラーでもつけたらどうかな?」
どうやら、極上のオモチャを与えてしまったようなので、僕は強めにマナトの自転車を押してやった。
ふらついたマナトはそのまま僕たちの横を通り過ぎようとしていた中年のおばさんにぶつかりそうになり、慌てて体制をとり直し、平謝りしている。
おばさんは暫く、僕たちが通り過ぎるまでのあいだ中、すごい形相でこちらを睨みつけていた。
「っぶねぇ・・・・」
相当焦ったマナトの顔に、僕は思わず声を出して笑うと、少しすっきりした気がした。
僕も嫌な奴だな・・・マナトは何とも乾いた、気の抜けたような顔でつられてハハッと笑う。
「そういやさ、転校生だったの?お前」
急に振られた話題が、ミューじゃなく自分のことだったので、僕は一瞬とまどった。
どうやらおふざけはここまでにしたらしい。
「・・・」
「ほんと、お前なぁ~んも話してくんないもんな、自分のこと」
僕は再び押し黙った。
「そりゃ・・・高校の頃からの短い付き合いかもしれねぇけど、もう少し、俺のこと信用してくれもいいじゃね?」
口をとがらせながらモゴモゴ言う横顔をまともに見られなかった。
そして、マナトは押し黙る僕に、それ以上何も聞いては来なかった。
これはいつものマナトの気遣いでもあった。
父親と、母親のことなど、どうやって話せばいいものか、今の僕には分らなかったからだ。
何よりも、親友から同情の目を向けられることを恐れていた。
マナトは、僕が僕の意思で話し出すまで、きっとこれ以上は聞いてこない。
そういう奴だから。
そして僕は・・・そんなマナトの足元にも及ばない情けないスネ夫。
「じゃ、明日な」
「・・・あぁ」
「・・・休むなよ、休んだら俺があの日記―」
「地球が滅亡しそうでもいくわ」
そうして、いつものようにマナトに別れを告げると、僕は駅に、マナトは自転車で、家路に就いた。
お昼過ぎの電車は空いていた。
電車に乗ってからも、家に着いてからも、マナトの言葉が頭から離れなかった。
そして、ミューのあの真剣な瞳、まるで僕が思い出すのを懇願しているようなあの瞳。
誰かに似ている・・・
玄関を通り過ぎると、リビングの入り口を開けてすぐに見える母さんの遺影に目が留まった。
あの頃は楽しかった。
けど、思い出せないことの方が多い。
あの時どうして、僕たちはあの場所に引っ越したんだっけ?
幼すぎてそんなこと考えもしなかった。
だけど考えても仕方がない、思い出せないこともある。
むしゃくしゃした僕は、今日受けられなかった講義の復習と、宿題、予習に取り掛かることにした。
余計なことを考えずにがむしゃらに進め、気がつくと明後日までの予習が片付いていた。夕食につくころには、頭が経営学でいっぱいになる。
今日の勉強は十分だ。
男の一人暮らしには少し広いリビングで、お気に入りの白いソファーに腰掛けると、いつものようにカップラーメンの蓋を開ける。
温かい湯気が立ち上って、僕は一つため息をつき、勢いよく中身をすすった。
折角高校の部活で鍛え上げた肉体も、こうやって衰えていくのだろう・・・
このままいけばヒョロリと背の高いだけの痩せっぽっちの疲れた大人になるか、中年太りの生活習慣病まっしぐらだな・・・
僕は真っさらに見える、普段ほとんど使わないキッチンを眺めた。
その少し手前の、壁に掛けられた鏡にチラリと自分の顔が映っている。
顔を隠す様な真っ黒の前髪は、漆黒の切れ長な瞳にかかったまま小さく右に流されている。
シャープな顎に、少し白めの肌の色、薄い唇。
前よりもこけた様に移っていた。
背の割には小さくまとまった顔の大きさ・・・
明らかに母親の顔とは、違う造りだ。
僕は出来るだけ考えない様、鏡からサッと瞳を反らすと、勢いよく立ち上がり、カップ麺の殻をゴミ箱に押し込めた。
風呂に入しよう。
狭いユニットバスに体を押し沈めて、Jason Mrazと、マナトにもらった、奴のお気に入りのワインで 僕は一日の疲れを癒した。
ゆっくり体を休めて、テレビのスウィッチを切った時、時計に目をやると22時を指していた。
明日のことを考えると胃が痛くなる・・・
今日は早目に就寝することにした僕は、温かい布団にサッサとうずくまった。
きっと明日は騒がしい一日になるだろうな・・・
そう思いながら、深い溜息をつき、僕は静かに目を閉じた。