Summer 7th Heaven
彼女の日記と秘密の手紙


“夜の魔王がベールを引いて、
貴方を暗闇へ誘っても・・・
1つの星を信じてついて来てほしいから・・・”


「・・・ぃ・・おい!」

僕はハッと目を覚ました。

「いい加減、起きろよ」

その言葉に、とっさに時計に目をやると、時計の針は11時45分を指していた。
講義を2つも落としている。

昨日あれだけ早くにベッドに入ったのに、眠気は容赦なく僕に襲いかかってきていた様だ。

心配そうなマナトの顔を、寝ぼけたまま見つめ返したが、僕を覗き込んだ顔がみるみる呆れ顔に変わっていく・・・

「・・・いつからだ?」

「1限目の授業から。お前最近変だぞ?授業中寝てばっか!確かに、まっつんの授業は面白いとは言い難い。寝れねー理由は?悩みか?女子がらみの?」

マナトはニヤッと笑ってこちらに飛んできた堅く丸められた紙くずを投げ返した。

「夢・・・」

「はぁ?」

いつもならここで僕の厳しい突っ込みが入るはずと期待していたのだろうが、マナトは拍子抜けした声を出す。

「・・・かーちゃんか?」

「いや・・・いい」

「・・・あっそっ」

少しの沈黙の後、マナトは切るようにそっぽを向いて、また飛んできた堅い紙くずをもう一度放り投げ、こちらを向いた。

「で、行く?ミューちゃんとこ」

その時だった。

教室のドアの前に、色の白い大きな瞳がひと際目立つ女性が、教室を見回している。

僕たちに気づいた彼女は、いつもの笑顔で、大きく手を左右に振っていた。
手にはあの(・・)日記が握られている。

「おいっ!」

僕はゴキゲンに手を振り返すマナトを置いて、慌ててミューの元へ駆け寄ると、日記を奪い取ろうとした。が、ミューはいとも簡単にヒョイッとそれを交わしてしまう。

行き場の失くした情けない手だけ空しく宙を描き、僕はシブシブ引き下ろした。

「挨拶もなし?」

相変わらず毅然とした態度だ。

「マナトに見られるとこのさき一生、からかわれそうだからな」

ようやく追いついたマナトを横目に、急かす様にそう言うと、マナトは不服そうな顔を浮かべている。

「あのさ、どこまでボクを信用してないわけ、ソラ君・・・」

マナトは呆れた様な、がっかりした様な、力の抜けた声で僕に向き直った。
ミューに対しては打って変わったデレデレの笑顔で挨拶だ。

「元気?よくここがわかったね」

「うん、わたし超能力者だから。」

サラッと答えるミューに、マナトはニヤッと笑った。

「それって、この学校の先生に教えてもらった魔術?ハーマイオニー」

僕は思わず、彼女を見て噴き出した。あまりにもイメージにピッタリだったからだ。

「先生言ってたわよ、ロンはまだまだ勉強不足だって」

「え~ボクってロンって感じぃ?」

彼女も負けずに答えると、マナトは残念そうな声を吐き出す。
そう言うと、2人の視線が同時に僕に向いた。

「ハリー・・・って感じじゃないよな。」

「よね。」

2人は妙に深刻な面持ちで僕の顔を見つめている。

「ソラは・・・」

「どっちかって言うと・・・?」

「スネイプだよねぇ」

マナトは気の抜けた笑顔でミューに同意を求めると、ミューは日記で顔を隠すようにクスクス笑った。

「・・・スネ夫でいい。」

両脇からの妙に深刻な視線に押されてか、僕が思わずポツリと言うと、2人は同時に噴き出した。ここでミューはまた腕時計を気にしている。

「ごめんね、私今日はもう行かなきゃ、これだけ渡しに来たんだ」

お約束。
マナトのガッカリした声が響く。

僕が日記に手を伸ばそうとした瞬間、ミューは再びサッと日記を引っこめた。

「私にとっては大切なソラちゃんとの思い出なんだから、捨てたり、燃やしたりしないこと!魔法も禁止だからね!」

「わかったよ・・・」

僕はシブシブ顔でグルリと瞳を回した。

「大ジョブ、ボクが見張ってるから!」

マナトは妙に嬉しそうだ。

「うん、お願いね」

まるでいい聞かす目で彼女は僕を一瞬見つめると、そそくさとその場を後にした。

「今度は魔法学校の話以外もしよぉ~ねぇ~」

間抜けなマナトの声に応えるように、彼女は少しだけ振り返ると、また少し笑ってから僕たちに手を振った。そして一瞬、瞳を僕に向け、すぐに行ってしまった。

教室に残っていた数人の女子たちも、マナトの一言にクスクスと笑っている。

「ボクって、感じでもないけどな、ロン。お前と居ると恥ずかしいから俺は先に昼飯に行く。」

「ちょ・・・待ってよスネイプ先生~」

またその一言に、背中の方で笑い声が響いていた。
それを廊下で聞いていたのか、数人の生徒がすれ違いざまにクスッと笑っていたのを、僕は大股で通り過ぎた。


「はぁ~腹いっぱい!」

マナトは満足げにお腹をさすっている。
大学の食堂は昨日に比べると比較的空いていた。

「この後、経営学のクラスの女子たちと図書館デートに行こうと思ってんだけど、ソラ、お前も来る?」

「いや、パス」

ブー垂れるマナトを横目に僕は帰る支度を始める。

「わりぃ、今日は弁護士が家に来る、話があるんだと」

「そっか、俺も行っていい?」

意外なマナトの言葉に、少しだけ驚いたまま、カバンを肩にかけた。

「ダメだ、お前はムードメーカだろ?お前のファンに背中刺されるの嫌だしな、じゃ」

そう言うと、マナトの不機嫌な声を背中で聞き流しながら、足早に歩きだした。

「ちぇー・・・俺のファンってなんだよ・・・」


時間もギリギリだった僕は、家路へと急いぎ、家に着いてもくつろぐ時間もないまま、慌ててインターフォンに反応しなければいけなかった。

「弁護事務所のものですが」

「はい、上がってください」

家の扉を開くと、そこには中年の男性が立っていた。

キチッと着用された高そうなスーツ、整えられた髪型に、インテリメガネ。
いかにも堅物そうな男で、整った顔立ちは、冷たそうなイメージがある。
40代後半ぐらいだろうか?

「失礼します」

弁護士の、全く変えない顔色と雰囲気に飲まれつつ、僕は慌ててテーブルを片づけた。

「今お茶をお出しするので、ソファーに・・・」

リビングまでの少しの距離に、彼は一瞬足を止めている。

「あの、何か?」

「あ、いや、失礼」

彼は素っ気なく答えると、メガネをクイッと持ち上げて、ソファーに腰を下ろし、名刺を差し出した。

「私、木原と申します。この度は、ご愁傷様でした。実は・・・」

そう言って木原と名乗る弁護士は、脇に置いてあったカバンから、封筒を取り出す。

「お母様は生前、貴方様にお金を残していらっしゃった様で、今日はその遺産相続の手続きに参りました、これです」

手渡された書類をみて、僕は驚きと動揺を隠せなかった。

「1000万?!」

彼はやはり顔色一つ変えないまま僕を見つめている。

「あの、これきっと間違いです、母がこんな大金を持っていたとは考えられ・・・」

その時、僕の言葉を遮るように、弁護士はまた一枚の紙を僕に差し出した。
それは紛れもなく、母の字で署名済みの書類だった。

「正式な遺言状です。」

「そんなバカな・・・」

僕は完全に混乱していた。
母にこんな大金を貯金できる稼ぎがあったなど到底考えられなかったからだ。

「受け取れません。」

僕の言葉に、弁護士は眉ひとつ動かさない。

「では、財産放棄をされますか?」

淡々と話す弁護士の声が、遠くに鳴り響いている様だった。
少しの沈黙の後、僕はカラカラに乾いた口をやっとの思いで開く。

「・・・少し・・・考えさせて下さい」

「わかりました。では、何かご質問がございましたら、名刺に記載された番号にお掛け下さい」

「・・・はい」

力なく弁護士を見送った後、僕はソファーに重い体を預けた。全く理解できない。

いや、・・・心当たりがないわけではない。
そう、もしかすると・・・

僕は弁護士が置いて行った名刺を何気なく手に取ってみた。
裏には手書きで携帯の番号が書かれてある。

まさか・・・な・・・

時計に目を移すと、14時15分。
今頃マナトは図書館で皆と勉強でもしてるのだろうか?
居ても立ってもいられない心境だった。

とにかく、ここには居たくない・・・
僕は思い切って重い体を起こし、無造作に置かれたカバンをおもむろに掴んだ。

バサッ
その拍子に、カバンから何かがすべり落ちる・・・

交換日記だ。

慌てて拾うと、日記から、写真が一枚はみ出していた・・・あの2人の、秘密の楽園で撮った幼い頃のミューの写真だ。

覚えてる・・・この写真は僕が撮ったんだから。
静かにカバンを置き、勉強机のデスクライトのスイッチを入れた。
そう、あの場所にシロツメ草が一面に咲いていた頃の写真。

ミューは花冠を作る達人だった。
写真の中で無邪気に笑う少女の姿には、花冠がよく似合っている。

自分で言うのもなんだけど、とてもよく撮れた写真だ。
これを見ることもなく、僕はあの地を去ったんだったけ・・・

写真を脇に置き、“こうかんにっき”と子供の字で書かれたノートを手に取った。

表紙には、当時お気に入りのキャラクターシールが所狭しと張られてある。
懐かしい。

裏表紙には、ミューのお気に入りのシールもたくさん貼ってあった。

まるで宝箱を開けるような気持で、僕はソッとノートをめくると、初めのページと表紙の裏一面を使って、”ソラとミュー“の文字が派手に飾られていた。
僕は更にゆっくりとページをめくる。

幼いミューの字だ。

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