冬夏恋語り
「麻生さんと、お姉さんの元旦那さんってさ」
「はい?」
「お姉さんに言えないことを相談できるくらい、いい関係なんだね。
普通は、離婚したら付き合いはなくなるだろう?
まぁ、そういう僕も、元嫁の兄さんといまでも付き合いがあるけどね。
いろんなことをわかってくれてるから、友達より付き合いやすい。麻生さんもそうかな」
「そうですね」
店長は、固くなった気持ちをときほぐすように恋ちゃんに語りかけた。
年の功というやつか、俺にはまだ真似のできない芸当だ。
「姉のこと前にも話しましたけど、学生で結婚して、一年で離婚して、離婚してから子どもが生まれたんです。
男の子ですけど、お義兄さんとその子、会ってないことになってますけど……」
恋ちゃんの話を、おかみさんがひきとった。
「恋ちゃんがふたりを会わせたんですよ。
龍太君が小学校の5年生か6年生か、それくらいだったかな。
愛華さんには内緒でね。
夫婦は自分たちの都合で別れて他人になっても、子どもにとってはいつまでも親だもの。
恋ちゃんのおかげで、父親と息子が会えたの。男の子にとって、父親は特別よ。
ウチは、別れたままだけど……
久光さんと龍太君、ときどき会ってるんでしょう?」
「愛ちゃんに言えないこととか、相談してるみたいです。
父親にしか言えないこともあるみたいで」
一年で愛華さんと離婚したお義兄さんだったが、その後も愛華さん親子が気になり、恋ちゃんを通じて様子をうかがっていた。
龍太君が自分の息子であることも恋ちゃんから聞いており、龍太君がそれなりの判断ができる年齢になり事実を打ち明けた。
愛華さんにそれを打ち明けないのは、愛華さんと義兄さんの母親、すなわち姑から受けた仕打ちをいまだに許せずにいるからで、姉の気持ちを慮ってのことらしい。
「愛ちゃん、頑固だから。龍太にもお義兄さんのこと話したりしないし」
「彼女、お姑さんの肩をもった久光さんを、いまでも許せないのよ。
わからなくもないけどね、私もそうだったから。
けど、『丘の上ホテル』 で鉢合わせして、西垣さんも災難でしたね。
とっさに恋人の振りなんて、ふふっ、意地張っちゃって」
「えっ? あぁ、まぁ……元旦那さん、久光さんでしたっけ。
あの人、僕のこと絶対誤解してますね」
「なにかあったんですか?」
それまでじっと聞いていた井上さんが、やおら身を乗り出してきた。
麻生さんのお姉さんと元旦那さんと西垣さんの、三角関係とか? と当たらずとも遠からずの問いかけが続く。
女性の勘はすごいのか、想像力が逞しいのか。
「西垣さん、愛華さんの彼にされちゃったんだって。
久光さんに見せびらかすみたいに腕をつかまれて、そうでしたよね」
「はぁ、いきなりでびっくりしました。
久光さんが、僕を見て ”その人と、そうなのか” って。
愛華たちを頼みますって、頼まれましたから。
あっ、そうか、愛華たちって、龍太君もってことか!
息子も頼みますってことだったのか」
「西垣さんと愛華さんを見て、ショックを受けたのよ。
久光さんも再婚してないの、案外、愛華さん一途かもね。
西垣さんが愛華さんの彼にされて、恋ちゃんもあわてたでしょう」
「えっ? そっ、そんなことないです。ぜんぜん違います。
私、気にしてなんかいませんから」
大きく手を振って、恋ちゃんが否定した。
気にしてないって、そんなに必死にならなくてもいいだろう、なんだよ……