冬夏恋語り
「愛華さんと久光さん、僕ら会ったことないけど、なんか親近感わくな。
ふたりも、いまごろクシャミしてるんじゃないの?
自分たちの知らないところで噂されてるんだからね」
「ホント、ホント」
井上さんを相手に冗談を言っていた店長が、ふっと真顔になり恋ちゃんと俺を交互にみた。
「愛華さんと久光さんみたいにならないように、ふたりもちゃんと話をして、誤解を解かなきゃ」
「誤解って、そんなのないですよ」 と俺が言えば 「別に、話すことないですし」 と恋ちゃんも似たような返事をした。
「うん、それならいいけど。些細な行き違いってあるんだよね。
関心がないなら別に話す必要もないけど、気になるなら言っておいた方がいいと思ったんだ。
僕みたいに、ぐずぐずして手遅れになる前にね」
「……はい」
返事をしたのは恋ちゃんだった。
俺はまだ、ちっぽけなプライドが邪魔をして、素直な返事ができずにいる。
「井上さん、先に帰ろうか。代行を呼んでもらえますか?」
「じゃぁ、僕もそろそろ」
俺が立ち上がると、恋ちゃんも腰を上げた。
まだ気まずいが、ここで声をかけるべきかと考え 「俺は自転車だけど、歩きなら送っていくよ」 と、ついでのように声をかけた。
「私も自転車ですから」
送ってくださいとは言われなかったが、一緒に帰ろうという意味だと受け取った。
おかみさんの電話で、代行運転の車はすぐにやってきた。
見送る俺たちへ 「喧嘩しないで帰るように」 と笑いながら伝えた店長は、自転車も飲酒運転になるから気を付けてと助言して、井上さんと一緒に帰っていった。
自転車を 『なすび』 に預けて、俺と恋ちゃんは歩いて帰ることにした。
昨夜、むしゃくしゃしながら走った道を、今夜は恋ちゃんと並んで歩いて帰る。
繁華街らしく、酔ってご機嫌な声が聞こえてくる路地を抜け、大きな通りを目指した。
そこ、段差があるから気を付けて……と言おうとした矢先、恋ちゃんがつまずいた。
とっさに腕をつかんで彼女の体を支えた。
「ありがとうございます」 と謙虚な声がする。
「昨日、俺もここで自転車ごと転んだんだ。誰も助けてくれなくて、情けなくてさ」
「私のこと、怒ってたんでしょう」
「うん、怒ってたし、すっごくイライラしてた」
「私がお義兄さんといたから? 不倫とか、二股とか、そんなんじゃありませんから」
「うん……あのさ……恋ちゃんとお兄さんの、聞こえたんだ」
「はい?」
「もう、耐えられないって。
そしたら、あの人が、もう少しの辛抱だ、愛華もわかってくれるよって」
「はぁ……」
大きなため息とともに恋ちゃんは立ち止まり 「言っておきますけど」 とあきれたように吐き出すと俺を見上げた。