冬夏恋語り
4, コタツの季節
学園祭の時期が近づいてきた。
看板や案内のチラシが見られるようになると、否が応でも祭り気分が盛り上がってくる。
準備に追われ、講義で居眠りする学生が増えるのもこの頃だ。
「学業が優先である、大学は遊びに来るところではない」 と眉をひそめる先生もいるが、俺は大人風を吹かせるつもりはない。
十数年前、実行委員長に立候補して、学園祭成功のために走り回った経験がある。
何かに没頭するのはいいことだ、それが学業に直結していなくても、いつか何かの役に立つのだからと、学祭の運営やスポンサー集めに奔走する俺たちへ言葉をかけてくれた先生がいた。
「そのあとが肝心だ。遊んで楽しんで、疲れたから休むなんてのは愚の骨頂だ。
疲労困憊でも、眠くても、やるべきことをやれる大人になれ」
遊びも仕事も手を抜くなということだ。
その心構えは、学生たちにも伝えていきたいと思っている。
学祭前日は、準備のためすべてが休講となる。
最後の追い込みに忙しい彼らへ 「頑張れよ」 と声援を送り、駐輪場に向ったところで北条愛華に声をかけられた。
「やっと会えた! 先生、ウチのサークルにもきてくださいね」
「イラ研はなにをやるの?」
イラスト研究会、略してイラ研、オタクが集まるサークルらしい。
彼女は、民俗学研究会とイラ研を掛け持ちしている。
「メイド喫茶と執事喫茶です。コスプレしますから萌ますよぉ。
はい、割引券あげます」
「俺はいいよ。北条さんの知り合いに配ってよ」
「えーっ、先生に来てほしいのに……」
西垣先生、俺って言うんですか? と、北条愛華と一緒にいた子が意外そうな顔をした。
「先生が俺っていうの、親しい人にだけ。ねっ、そうですよね」
「いやっ、うん、まぁ」
「わぁ、アイカちゃんと先生、仲良しなんだ」
「そうよ、秘密の仲間。ねっ、センセ」
秘密と聞こえて、大きな咳払いで北条愛華の声を消した。
まったく油断ならない。
ファミレスの件は口外しない、そう約束したはずだ。
北条愛華の秘密である推薦入試の基準に触れるアルバイトの件は、彼女が本学の学生になったいまとなっては秘密の効力は無いに等しい。
それに引きかえ、こちらの秘密は恋愛沙汰だ、信用を失墜し兼ねない、噂が広がっては困るのだ。
「わかった。誰か誘って行く、売り上げに協力するよ」
「ホントですか? ヤッター! お店に来たら、アイカって指名してくださいね」
指名とか恥ずかしいだろう……という間もなく北条愛華は去っていった。
渡されたチケットは三枚、「指名」 というからには、一年生にもそれなりのノルマがあるのだろう。
さっきは誰かを誘ってと、とっさに言ったもののあてがあるわけではない。
同僚にでも声をかけるか、と軽く考えて、割引券をポケットにしまった。