冬夏恋語り
「チケットくれたの、この前 『なすび』 に連れて行った子です」
「アイカって呼んでって、西垣さんに迫った子?」
「店長、よく覚えてますね」
「ははっ、記憶力だけは無駄にいいんだ」
覚えてくれているなら話は早い。
実は、ファミレスの修羅場を目撃した子です、大学で再会して驚きましたと、正直に話した。
「えーっ、そんな偶然、あるんですね。弱みを握られた子が教え子になったんですか。
それはお気の毒」
「でしょう? まさに弱みを握られてます。
このチケットも、強引に渡されて。井上さんたちが行ってくれたら助かります」
駅前の北条不動産はおじいさんの経営で、とにかく地元に詳しくてと、北条愛華について知っていることを並べていく。
そうだ、その子の名前のアイカって、愛華さんと同じ字だよと、そんなことまで披露した。
「でも、いいのかな」
恋ちゃんが、心配そうな目でチケットを見つめる。
何が心配なんだ?
答えたのは井上さんだった。
「その子、西垣さんのこと好きなんですね」
「へっ?」
思わず間抜けな声がでた。
北条愛華が俺を?
そんなことないだろう、あるはずない。
「まさか。あはは、考えすぎ」
「そうでもないと思いますけど。
カラオケより 『なすび』 に行ったんですから、絶対そうですよ。
友達との付き合いより、好きな西垣さんと居たかったのね。
模擬店の割引券まで用意して、振り向かせるのに必死ってカンジ。
あのころの子って、なんでも一生懸命だから。可愛いなぁ」
北条愛華が俺を好きだと決めつける井上さんは、自分の想像の世界に浸っている。
いや、ない、井上さんの思いすごしだ。
「あはは、そんなの違うって。俺をからかって楽しんでるだけだと思うけどな。
まだ19歳ですよ、去年まで高校生だった子だよ。俺といくつ違うと思ってるんですか」
「ウチの姉、結婚したの二十歳でした。結婚を決めたのは19歳。
女の子の19歳は、もう立派な大人です」
俺へ言い聞かせるように語りかける恋ちゃんは、コタツ布団の上に寝そべるミューを膝に乗せた。
「西垣さんが彼女を女性として意識したら、その時点で恋愛が成り立つんです。
年齢差なんて関係ないと思います」
恋ちゃんの言葉には、妙に説得力のあった。
だが、認められない。
「いや、でも、教え子だよ」
「それでも、ないとは言い切れないでしょう」
店長が恋ちゃんの言葉を後押しする。
ミューは、すっかり彼女の膝でくつろいでいた。
ミューを人質に取られ、責められている気分だ。
「うーん……ないとは言いません、教え子と教員の恋愛も、過去にはあったそうです。
でも、俺が北条愛華を意識しなきゃ成り立たないじゃないですか。
それ、ありませんから」
「そっか、じゃぁ、ないね……おっ、食べ頃になったね」
鍋の中で白菜がいい具合に煮えている。
春菊はほんの少し熱を通して食べるとおいしいですよと、今夜の鍋奉行井上さんの助言があり、言われた通りにした。
「なるほど、これはうまい!」
口の中が熱くて声が出せない俺に代わって、店長がすかさず感想を述べる。
白菜と春菊を欲張って頬張ったのがいけなかった。
「西垣さん、猫舌ですか?」 と恋ちゃんに聞かれ、うんうん、と頭だけ振った。
ゆっくり食べてくださいねと優しく言われ、また顔だけ動かした。
体が熱くなってきたのは、熱々の白菜を食べたからだけではなさそうだ。