冬夏恋語り
「ご飯、できてますけど、食べませんか」
「いいの?」
「キッチンに準備しますね」
「洗面所、借りるよ」
「タオル、新しいの使ってください」
「うん、ありがとう」
ささやき合うような会話になるのは、ふたりを起こしたくないから。
そっとコタツを出て、洗面所へ向かった。
ミューとタァー君も俺のあとをついて廊下に出てきた。
2LKの部屋は、ゆったりとした間取りだ。
コタツが敷かれたリビングは6畳はありそうで、隣接するキッチンも同じくらいの広さだ。
リビングとキッチンの間には引き戸があり、部屋を区切ることができる。
ほかに二部屋あり、和室を寝室にして、洋室は納戸付きだから物置にしているそうだ。
日当たりもいいし優良物件なんですよ、新築だけど駅から遠いから家賃もそれほど高くなくて、と前回泊めてもらった時、洗面所に案内しながら恋ちゃんが話してくれた。
あのときは、余裕のある暮らしをしてるんだな、くらいに思っていた。
ひとり暮らしには広すぎる部屋は、彼と暮らすつもりで借りたのではないか。
『麻生漆器店』 の隣には実家がある、わざわざ部屋を借りて暮らす意味は、将来への準備だったとしか思えないのだ。
一緒に住むべき相手を失った恋ちゃんは、どんな思いで住み続けているのだろう。
思い出にすがっているようには見えないのだが……
引き戸によってリビングと区切られたキッチンは、こじんまりといい感じだ。
二人用のダイニングテーブルが彼との暮らしを想像させたが、思い浮かべたのも一瞬だけ。
テーブルいっぱいに並んだ純和風の朝食に目を奪われた。
ご飯に味噌汁、漬物にのり、卵焼きとほうれん草の和え物まである。
「いつもこんなに作るの?」
「やっぱり作りすぎかな」
質問の答えになっていない返事があり、うん? と首をかしげた。
「皿数が多すぎます?」
「朝からご馳走だから、俺は嬉しいよ。
このまえも手作りのパンだったし、恋ちゃん、すごいなと思ったから」
「良かった」
いただきます、と手を合わせて箸をとる。
何気なさを装いながら、気になることを口にした。
「皿数が多いとか作りすぎって、誰かに言われたの?」
卵焼きを箸で挟みながら、つい聞いてしまった。
誰が言ったか見当はついているのに、確認するように聞く俺も意地が悪い。
「まぁ、そうですね。
おかずが多すぎる、こんなに朝からいらないって言われて、彼と揉めました」
「ふぅん、そういう人もいるんだ。彼、少食だったの?」
「少食ではないですけど、おかずは一品でいいって言うんです。
でも、私は物足りなくて、いつも作ってたら、それが気に入らなかったみたい。
結局、別れようってことになったんだけど」
「ええっ?」
衝撃の告白とは、こういうことではないのか。
食事の品数が別れの原因になるとは、思ってもみなかった。