冬夏恋語り
元旦、家族がそろう食卓に正月料理が並ぶ。
今年のお節は買って楽をしようと思っていたのに、アンタが急に帰ってくるからあわてて作ったとお袋は言うが、それにしては手の込んだ料理が重箱に詰まっている。
数の子と昆布巻きがあればいいよと、帰省することを知らせたとき伝えたのだが、武士に食べさせてやりたいとお袋が張り切って作っていたと義姉からこっそり聞いていた。
「去年は帰ってこなかったでしょう。
あんなことになったから、帰り辛いのもわかるけれど、一年間まったく顔を見せないのもどうなの?
外国にいるわけじゃないんだから、お盆と正月くらい顔を見せなさい。おばあちゃんも待っているのよ」
結婚式場の仮予約までしておきながら、結婚そのものを白紙にもどしたのは一昨年の秋だった。
親や親戚にあわせる顔がないという理由で、昨年の正月は帰省しなかったが、それから一年間音沙汰なしで親が心配するのも当然で、年老いた祖母にも心配をかけた。
祖母はお袋の実母で、両親と兄貴の家族の四世代が実家で暮らしている。
義姉は、親と同居でもよいと言ってくれた奇特な人だ。
仕事を続けたいという義姉の代わりに、お袋と祖母が家事を引き受けて、大家族ながらうまく暮らしている。
兄貴が結婚するとき改築した実家は、部屋数もあり、大広間と続きの間がある昔ながらの造りだ。
俺が高校まで使っていた部屋は、いまは甥っ子たちの部屋になっている。
「でも、アンタも落ち着いたようね。いつ紹介してくれるの?」
「はっ?」
お袋の言葉は意味不明で、好物の昆布巻きにかぶりつきながら首をひねった。
「まぁ、アンタが慎重になるのも無理はないわね。
でもね、待ったからどうなるものでもないのよ」
「なんの話?」
「いいえ、わからないならいいの。それにしても、この祝い箸、いいわね。
手作りの箸袋に水引がお正月らしくて、気が利いてる。ねぇ、菜々ちゃん」
「そうですね、こんな素敵な祝い箸を用意してくださる方、私も会ってみたい」
お袋と義姉の会話は、肝心なことを言わずに謎かけのようだ。
俺もふたりの会話は理解できないが、親父と兄貴もピンとこないのか、顔を見合わせている。
「祝い箸がどうかしたの?」
「これよ」
箸置きに並んだ箸は、いつもの物ではなく和紙の箸袋に入った物だった。
やけに上品な箸袋をまじまじと見ながら、「あぁ、これか」 と、恋ちゃんから言われたことを思い出した。
得意客へお年賀として配っている祝い箸がある、自分で和紙を折って作ったもので、実家のみなさんで使ってくださいと、風呂敷包みのワインを渡されたときに言われたのだが、すっかり忘れていた。
そうか、これが入っていたのか。
「あぁ、それ、知り合いの漆器屋さんでもらったんだ。お得意さんにお年賀で配るらしいよ」
「漆器屋さん……挨拶文は手書きみたいだけど、字もお上手だこと。きちんとした方みたいね」
「本当に達筆ですね。風呂敷包みも気が利いてましたね」
箸袋と風呂敷を褒められているのに、恋ちゃんを褒められたようでくすぐったい。
いつか親兄弟にも紹介できたらと思うが、付き合い始めてまだ一ヶ月、紹介する段階ではない。
兄貴も関心を持ったのか、箸袋を手に取り、しげしげと眺めていたが、折り目を開いて平面にして、それをまた元に戻して面白がっている。
「こんな小さな和紙が、折り方ひとつで正月用品になるのか。知っているか知らないかの違いは大きいね。
武士、こんなことも学生たちにも教えてるのか?」
「いや、これは恋ちゃんが……あっ、そうだ! 兄貴、いいことを言ってくれた。うん、そうだ、いいよそれ」
うん? とまた首をかしげる兄貴と、なぜか忍び笑いのお袋と義姉さんがいて、親父は雑煮を頬張っている。
甥っ子たちはお年玉をもらって、部屋の隅でこっそりなかをのぞいてた。
家族の反応はまちまちだったが、俺は思いつきに興奮していた。
恋ちゃんを講師に招いて、日本の良さを学生に伝える出張授業をやってもらおうと思いついたのだ。
これまでも、日本の伝統を継承している人や、地域に根差して活動する人を講師に招いて授業を行ってきた。
風呂敷の包み方だけでも一時間はゆうに持ちそうで、和紙の折り方を加えて、残り時間で学生に実践させる。
いいじゃないか、帰ったらさっそく打診しよう。
恋ちゃんに引き受けてもらう前に、大学の許可は……
三つ目の昆布巻きを皿に取り、数の子も二つ、みっつと続けて口に入れる。
口をもぐもぐと動かしながら、頭の中は、出張講義の案で埋め尽くされていた。