冬夏恋語り
3, 私、結婚するの?
8月末の土曜日、脩平さんとちいちゃんが大空 (そら) くんを連れて我が家を訪れた。
出産祝いのお返しを、わざわざ持参してくれたのだった。
気を遣わなくても良かったのにと、父は口では言いながら三人の訪れを喜んでいる。
ちいちゃんは娘みたいなものだから、大空は孫だと言って腕の中であやす姿は、さすが子育ての経験者、慣れたものだ。
ちいちゃんも、「実家よりもここの家は落ち着くの」 と伯母である母に本音を漏らしている。
小さい頃、お父さんの膝が好きだったな、お風呂も寝るのもお父さんだった……と昔を思い出して、懐かしさに包まれた。
おしゃべりをしようとちいちゃんを部屋に誘うと、両親と脩平さんが大空くんを見てくれるそうで、昔のように二人で部屋にこもった。
ちいちゃんに話したいことが山ほどあった。
西垣さんのこと、夏祭りから翌日の騒動、その後の父の態度など、順を追って話していく。
驚いたり笑ったり、ときには怒ったり、表情が忙しく変わりながら、ちいちゃんは熱心な聞き役になってくれた。
一時涼しくなったが、暑さが戻った今週はエアコンなしでは過ごせない。
冷房をつけたばかりの部屋は熱気が漂っていたが、団扇を片手に話に夢中になっていた。
「そんなことがあったの。伯父さん、ユキちゃんのことになると何も見えなくなるから」
「でもね、今度だけはお父さんをちょっと見直したかな。話せばわかるんだね」
団扇をあおぐ、ちいちゃんの手が止まった。
「見直したのって、おじさんが東川さんの言うことを信じたってこと?」
「うん。だって、いつものお父さんだったら、こっちの言うことも聞かずに怒るでしょう。
でもね、あのときはそうじゃなかった。
東川さんの話をちゃんと聞いて、深雪がお世話になりました、なんて言うんだもの。ちょっと感動」
ちいちゃんが目を細めて私を見た。
うん? とわからない顔をすると
「脩平さんが言ってた。小野寺の伯父さんは、話せばわかる人だって」
「あっ……東川さんも、そう言ったのよ」
「私と脩平さん、先輩後輩ってこととか、付き合ってるのも、みんなに黙ってたでしょう」
「うん」
ちいちゃんと脩平さんが交際を黙っていたのは、頑固で強引な父のせいだった。
ちいちゃんだけじゃない、私も家族も、父の前で余計なことは言わず、厄介ごとは隠してしまう。
そんな態度が、父の機嫌を損ねることもあるのだが……
「あのとき、隠さずに正直に言ってたら、もっと早くなんとかなったのにって。
ユキちゃんにも伯父さんにも、話すべきだったって、今でも言ってるの」
ちいちゃんと結婚した脩平さんは、父の義理の甥になった。
脩平さんは父を 「小野寺の伯父さん」 と呼び、慕ってくれている。
保険のことは伯父さんに聞けば間違いないと言って、困ったことなど相談があり、父もそれが嬉しいようで、熱心に相談に乗っているのだった。
「伯父さんって、情に厚い人だもの」
「熱血なの。思い込みが激しいけどね」
そうそうと、顔を見合わせて笑い合う。
ちいちゃんに父を褒められて、ちょっと嬉しかった。
「西垣さんに、挨拶ってどういうことか、聞いたんでしょう? 返事は?」
「準備してるから、もう少し待ってくれって。これじゃ、なんのことかわからないでしょう?
何を待てばいいのか、何の準備をしてるのか、教えてくれないの」
「もう一度、聞いてみたら?」
「聞いたのよ、でも、返事は同じ。待っててくれればいいからって。はぁ……」
「論文が認められるまでってことかしら。
男の人って、結果をださなきゃ自信がないみたい」
「けど、私に話してくれてもいいのに。そう思わない?」
「思う」
「はっきりしないまま、いつまで待てばいいのか、なんか不安……」
気を許せるちいちゃんだからか、抱えていた思いをつい口に出していた。
「そのまま言っちゃえば?」
「えっ?」
「不安は不安だと伝えてあげるべきよ」
ストレートなちいちゃんの言葉は、私の胸にすっと入ってきた。