冬夏恋語り


いつの間にか入口付近に10人ほどの野次馬がいて、芝居でも見るように彼女たちの言い合いに見入っている。

この状況はまずい。

恋雪には無理を言って講師を引き受けてもらったのに、こんな場面で俺の交際相手だと知られては、あらぬ憶測から色眼鏡で見られるかもしれない。

北条愛華も、恋雪に言いがかりをつけただけでなく、過去に俺と何かあったような誤解を生む発言の数々があった。

言葉の端々だけ聞いて変な噂でも流されたら、彼女の立場はどうなる。

これだけの人数が聞いているのだ、噂はすぐに広まり、ネットにでも書かれたら止めようがない。

とにかくふたりの言い合いをやめさせなければ。

しかし、「北条さん、落ち着いて話をしよう。場所を移そうか」 と言って、彼女が素直に聞くだろうか。

説得するにはどうしたらよいかと考える俺の横で、恋雪が挑発的な言葉を放った。



「言いたいことはそれだけ?」


「まだあるもん!」


「じゃぁ言いなさいよ」



言い争いをやめさせるため、恋雪の腕をつかんで引き寄せようとしたそのときだった。



「姉ちゃん、やめろ!」



叫びながら走ってきた翔太君は、恋雪を押しのけ、北条愛華の前に立った。



「翔太」


「なんでそこまで言うんだよ。先輩がかわいそうだろう」


「えっ?」



翔太君の言葉に、恋雪も俺も意表を突かれた。



「その制服、あたしの後輩?」


「先輩、あっちにいこう」



年下の男の子の命令口調に抵抗するかと思ったが、北条愛華は言われるままに足を動かし、翔太君に連れられて講義室を出ていった。

野次馬も俺たちより翔太君に興味があるらしく、全員彼らのあとを追いかけていった。

俺をはさんだ女同士の言い合いは、あっけなく幕を下ろした。


それにしても、どこかで見た光景だった。

言い争うふたりがいて、成り行きを見つめるギャラリーがいて、言い合いに決着はつかず、男が彼女を連れていく。

俺と深雪の時は、東川が深雪を連れ去り、残された俺は惨めな気分を味わった。

完全に俺の負けだった。

今度はどうだ、勝ったのか? 負けたのか?

取り残されはしたが、敗北ではなさそうだ。

が、勝った気分でもない。

あらためて、静まり返った講義室を見渡した。

沈んだ顔で佇む恋雪の姿を目の端に入れながら、俺を信じてくれた彼女を大事にしよう、心からそう思った。


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