冬夏恋語り
「それじゃ、翔太と龍太の面倒は恋ちゃんがみるのかい?」
「恋雪さんに頼ることもあるでしょうが、基本的にふたりで暮らす方向で彼らは考えているようです。
干渉されるのを嫌がる年頃ですから」
高校生といえば親を鬱陶しく思う頃で、すなわちそれは親離れの準備であり順調に成長している証であると、矢部さんは教育評論家さながらに10代の心理を語る。
親との別居は龍太君の意思であると強調したいのだろうが、俺には矢部さんが思うとおりにしたいがための詭弁にしか聞こえない。
たとえそれが事実であっても、愛華さんの気持ちはどうだろう、ひとり息子と離れて不安や寂しさがないわけではないと思うのだが。
麻生家の長男、翔太君も、姉の愛華さんが親代わりで面倒を見ていたのに、愛華さんの結婚により生活環境も否応なく変ることになる。
矢部さんが言うほど単純ではない。
「そうは言っても心配だろう、困ったときは、わたしらや近所隣りもいるから、遠慮なく声をかけるように言ってくれ。
龍太も翔太とふたりなら、なんとかなる」
ミヤさんの言葉は、実家に残る息子と弟を心配する愛華さんに向けてのものだったが、矢部さんは自分を応援してくれる人がいると受け取ったようだ。
「そう言っていただけると、僕も心強いですね。
僕の子どもは、小学5年生の男の子で、まだまだ母親の愛情が必要です。
これから難しい年頃になりますが、愛華さんにお願いできるので安心です」
私で大丈夫でしょうかと、愛華さんが不安な顔をみせると、矢部さんは、「龍太君を育てた経験があるから大丈夫です」 息子も新しいお母さんとの暮らしを楽しみにしていると熱心に語り、
「愛華さんは僕が選んだ人ですから」
満面の笑みで言い切った。
矢部さんが上機嫌になればなるほど、俺は白んだ気分になってきた。
話を聞けば聞くほど、自分の連れ子の面倒を愛華さんに任せるために、義理の息子と距離を置こうとしているとしか思えないのだ。
しかし、愛華さんが納得しているなら他人が口をはさむことではない。
矢部さんが言ったように、それが互いに負担にならない方法であり、合理的なのかもしれない。
会計士だか税理士だったか忘れたが、数字を合せるように物事を進めるのが得意なのだろう。
俺が矢部さんと結婚するわけでなし、他人事だ、必要以上に関わることはない……
と思うが、どうにも胸の奥にモヤモヤが残ってスッキリしない。
イライラが募る自分の気持ちを持て余し、気分を変えるために立ち上がった。
いつの間にか静かになった店の様子をうかがう振りで、特別会員スペースから離れ、店の方へと足を向けた。
数人いた客はいなくなり、恋雪が接客中の女性だけになっていた。
これだけ静かなら、矢部さんの声も恋雪に届いているはずだ。
他人の俺がこんなにモヤモヤするのだから、姉を心配する妹としてはさぞ落ち着かないだろう。
「アンタたちが決めたんだ。俺たちがとやかく言うことはない。
まずは、めでたい。愛ちゃん、よかったね」
「ありがとうございます」
ハルさんがみんなの気持ちをまとめて伝え、祝いを述べて締めくくった。
応じた愛華さんの声に、いつものような明るさがないように感じたのは、俺の思い過ごしだろうか。
やはり、気持ちが決まっていないのではないかと気になり、店へ向けていた視線を戻そうとして、スクリーンの脇に隠れるように立つ男性に気がついた。
ハッと息をのみ、思わず声をあげそうになったが、口に指を立てた男性の意を汲んで気付かぬ振りで席に戻った。