冬夏恋語り
スクリーンの陰で様子をうかがっていた久光さんが、いつ乗り込んでくるのか俺は待っていたのだ。
待ってましたと手を叩きたいところだ。
「どうして……」
「この人、誰ですか! 息子って、えっ、それじゃこの人」
突然の乱入者に矢部さんは当惑しているが、久光さんが誰であるのか察しはついているだろう。
「愛華が再婚相手に選んだ人を悪くは言いたくないが、この人に龍太の父親は任せられない」
「いきなりなんですか。僕は愛華さんと結婚して家族になるんですよ。
龍太君の父親になるのは僕であって、第三者に指図される覚えは……」
「うるさい!」
久光さんの一喝に、矢部さんはびくつき一歩退いた。
久光さんが怒るのも無理はない。
実の父親を第三者とは、あんまりではないか。
「愛華、僕は、ずっと君とやり直したいと思っていた」
「ちょっと、何を言い出すんですか! 愛華さんと結婚するのは僕だと言ってるのが……」
「アンタは黙ってろ!」
矢部さんも負けじと言い返したが、久光さんの迫力に再び退いた。
「愛華、本当にこの人でいいのか?
龍太をおいてまで、ついていくほどの人なのか?」
「久光さん、龍太のこと、知ってたのね……」
「別れたあとも君が気になって、ときどき恋ちゃんに様子を聞いていた。
子どもの成長も知らせてもらった。
龍太に初めて会ったのは、あの子が小学生のときだった。
黙って龍太に会って、悪いと思ってる。それでも」
「龍太のこと、本当に自分の息子だと信じてる?」
「信じてるよ!」
「うん……」
のけ者にされた矢部さんが、また前に出ようとしたが、その腕をつかんで後ろへ押しやった。
ここで邪魔をさせてなるものか。
「君が再婚するらしいと聞いて、いてもたってもいられなくて、麻生の親父さんを訪ねた。
これまでの失礼を詫びて、僕の気持ちを聞いてもらった。
君ともう一度やり直したいと話した」
「父に会ってくれたの? 父はなんて?」
「愛華の気持ちに任せると言ってくださった」
「おい、どういうつもりだ。お父さんの許しを得たのは僕だぁ……うぐっ」
矢部さんの口をふさぎ体を抑え込んだ。
バタバタと手足を動かし抵抗していたが、ハルさんに睨まれて動きが止まった。
ハルさんにすごまれたら俺だって怖い。
「まなか」
「はい」
「僕ともう一度家族になってほしい」
「久光さん……」
「今度こそ、僕を龍太の父親にさせてくれないか」
「……はい」
久光さんは、愛華さんの腕から子どもを抱き取りハルさんに渡すと、愛華さんと手に手をとって店から飛び出していった。