冬夏恋語り
「私より父に似てると、みなさんに言われるの」
「そうだね、立派な眉毛はお父さん似かな。
お父さん、可愛いがってくださるだろう?」
「可愛がりすぎて困るくらい」
深雪の腕の中で眠る子どもを覗き込みながら、会話をつないでいく。
互いに遠慮があり言葉を選んでいるが、ぎこちなさはない。
気まずい別れ方をした彼女と、なんでもなく話ができるようになるくらい時間がたったということだ。
「この人、タケちゃんの知り合いだったのか。
ゆっくり話すといい。わたしらはこれで帰るよ、またな」
「あっ、はい」
ご隠居さんたちは申し合わせたように帰り支度をはじめ、「ゆっくりどうぞ」 と声をかけた恋雪とともに出ていった。
彼らに深雪を紹介する暇もなかった。
俺たちのあいだに漂う雰囲気から、事情を悟ってくれたのかもしれない。
店の売り場から、ご隠居さんたちの大きな声が聞こえてくる。
少し耳が遠いハルさんのために、ミヤさんもヨネさんも大声でしゃべるのだ。
「愛ちゃんとダンナは、手に手を取って駆け落ちかぁ。愛の逃避行だな」
「おっ、愛と愛ちゃんをかけたな。それいいね。
ギャグも最高! 座布団一枚」
軽妙な掛け合いだが、今は聞くことのない古い言い回しで、深雪と顔を見合わせて笑っていると、向こう側からハルさんのでっかい声が飛んできた。
「タケちゃん、来週、愛ちゃんの再婚祝いをやるつもりだから、よろしくな」
「わかりました」
俺も大声で返した。
再婚祝いは口実で、そのとき詳しい話を聞かせろと言うことだろう。
何かと心配をかけたご隠居三人組には、もちろん報告するつもりでいる。
三人組の賑やかな声が遠ざかっていき、入れ替わりに客が来たのか 「いらっしゃいませ」 と恋雪の声がした。
『麻生漆器店』 は今日も客の入りがいいらしい。
「西垣さん、やっぱり年配の方に人気があるんですね。
全然変わってない……」
「少しは変ったつもりだよ」
「えっ?」
「さっきの騒ぎ、ファミレスの、あのときの俺たちみたいだったと思わないか」
深雪が黙ってうなずいた。
自分の都合のいいように結婚話を進める矢部さんは、あの頃の俺と同じ。
言われるままに従って、本当の気持ちを抑えてしまった愛華さんは、あの頃の深雪そのものだ。
愛華さんの両親のもとに通い詰めて結婚の許しをもらったと、得意顔の矢部さんに腹を立てながら、俺はこんなにも自分勝手だったのかと、いまさらながら情けなくなった。
愛華さんの気持ちを置き去りにしたまま、強引に結婚を進めようとする矢部さんの姿が、以前の自分に重なって見えたのだ。
「深雪の気持ちも考えず、追い立てて、自分の思い通りにしようとした。
君に振られて当然だよ」
「ごめんなさい……」
「謝られると困る。俺の方が悪いんで、その……」
申し訳ないことをしたと伝えたいけれど、うまく言葉が見つからない。
途切れてしまった会話をつないだのは深雪の方だった。
「北条さんのアイカちゃんが、ここのお店を紹介してくれたの。
私が漆塗りのお椀が欲しいと言ったのを覚えていて、お椀とかお盆とか、和の小物もあるからぜひ行ってねって、それは熱心に勧めるの。
私だけじゃなくて、おじいさんの知り合いや、取引先のお得意さんとか、ずいぶん宣伝したみたいだけど」
『麻生漆器店』 の宣伝をして客を集めたのは北条愛華だった。
彼女が評判を広め、客が押し寄せたということだ。
恋雪にケンカをふっかけた詫びのつもりか、それとも翔太君との付き合いから 『麻生漆器店』 を盛り立てようと思ったのか。
理由はわからないが、結果的に店は繁盛している。
「そのとき、西垣さんのことも話してくれたの。
大学の様子や、学生さんとの交流の話とか……」
「つきあってる彼女の話も聞いた?」
「うん……」
「やっぱりね、あの子が黙っているわけないよな」
『麻生漆器店』 に行けば、俺が付き合っている女性に会えると言われたそうだ。
深雪は、迷いながらも来てしまったのだと、すまなそうな顔をした。