冬夏恋語り
しばらく暮らした土地へ恋雪と出かけたのは、一緒に行こうと約束してからひと月後だった。
町に一軒あるビジネスホテルに宿泊して、そこから地方の農村部へ行くつもりでいたが、訪ねる先の地区会長に訪問予定を伝えると自宅に泊まるよう勧められた。
田植えを控え農家は忙しい時期であるため遠慮すると 「水臭いことをいうじゃないか」 と、怒られるように言われた。
その話はまたたくまに地区に広がったらしく、ほかの知り合いからも 「ウチに泊まるといいよ」 と、わざわざ電話があった。
どの人も懐かしい顔で、出来るなら全部に泊まりたいがそうもいかない。
その中のひとりで、俺の田舎暮らしの師匠でもあるケンさんの家に泊めてもらうことにした。
レンタカーに荷物や土産をいっぱい積み込んで朝早く出発、半日の道のりを恋雪と交代で運転しながら目的地を目指した。
建物がひしめき合う町を過ぎ、郊外を走り抜けると、やがて道路脇に自然が増えてくる。
平日の昼のドライブは、車の混雑もなく快適だ。
ときどき車窓の風景を話題にはさみながら、ふたりでずっと語り合った。
「きのう、南田のお姉さんに会ったの」
恋雪の亡くなった婚約者のお姉さんに買い物先でばったり会い、立ち話をしたそうだ。
「貴之の会社の後輩の子が、三回忌のあと南田の家に行った話、覚えてる?」
「うん、貴之さんを好きだった彼女だろう?」
「その子、貴之の従兄弟と結婚することになったんだって。
貴之のお母さんが私に紹介した従兄弟を、彼女にも紹介したら、どちらも気に入って」
「へぇ、上手くまとめたね」
「ホント、あのお母さんらしい」
「ふたりが良ければ、いいんじゃない?」
「そうね……」
貴之さんの従兄弟と貴之さんを慕っていた女性の結びつきは、恋雪には複雑だろう。
どこか寂しそうな顔していたが、「そういえばね」 と話題を変えてきた。
「東川さんのご主人にお会いしたのよ」
「東川さん?」
「この前、坊やの初節句のお祝いの席のお椀を注文してくださったでしょう。
お品物がそろったから連絡したら、深雪さんのご主人が取りにいらっしゃったの。
若くて驚いちゃった」
「あぁ、あの東川か……若くて当然、彼女より年下だからね」
まさか、別れた彼女とこんな風に関わりができるとか思わなかった。
深雪とは、縁があったのかなかったのか……
人生のパートナーでなかったことは間違いないが。
「南田さんと東川さん、それから西垣さん。
私、方角の苗字に縁があるなぁ。
北田さんとか北川さんとか、武士さん、知ってる人いない?」
「いないよ。恋雪は?」
「私もいない」
「知り合っても、ろくなことがなさそうだからさ、出会わないことを祈るね。
北田とか北川って人に会ったら、よけて……あっ……」
「いるの? どこの人?」
「ケンさん……」
「えっ、今夜お世話になる?」
「ケンさん、ケンさんっていつも呼んでるから、忘れてた」
ケンさんは、北野研蔵さんであることを、うっかり忘れていた。
けれど、ケンさんはハルさんやミヤさんたちと同じ世代の人だ、恋雪とどうにかなるなんてことはないだろう。
これなら心配ない、大丈夫だと安心していた。
この夜、ケンさんの甥が偶然遊びに来ており、恋雪を一目見て気に入り、言い寄るケンさんの甥と俺とで大喧嘩になろうとは、このときは思いもしないことだった。
恋雪をほかの男にとられてなるものかと、このときほど思ったことはない。
自分の気持ちをきちんと言葉にして、恋雪に伝えようと心に決めた。
翌朝、集落を見渡せる神社の境内で、水が張られた田んぼを見ながら将来を語った。
恋雪は俺の言葉をじっと聞いていた。