冬夏恋語り
夢を語る彼の顔に惹かれた20代の頃の私は、精力的に行動する姿が頼もしくて、始終留守がちで、おいてけぼりをくっても待つことも愛情だと思っていた。
「深雪ちゃんが待ってるから、俺は頑張れる」
私の元に戻ってきたときの彼の言葉を支えに、何年でも待てると信じていた。
30歳を過ぎて、待てる自信がだんだん弱くなってきたと感じながらも、彼への愛情を疑うことはなかったのに、ちいちゃんが結婚してからというもの、愛情を保つために将来の希望が持てる言葉が欲しいと思うようになった。
三ヶ月前、地方の仕事へ旅立つ彼が残していった言葉は 「珍しい風習がある所なんだ。楽しみだ」 というもの。
待っててくれと言われることもなくなったのかと、見送ったあとため息がでた。
それでも、好きという気持ちはなくならない。
西垣さんの専門は民俗学、土地に入り込み、人々の生活を克明に記録するというテーマを、何年も追いかけている。
長いときは数ヶ月単位で出掛け、最先端の文化とは反対の暮らしに身を置く。
そこで暮らすといっても国内であるため、大学の研究室に顔を出したり学会に出席するために土地を離れる期間があり、私にも会いにやってくる。
そんな彼の元へ駆けつけるときの高揚感は、抑圧された時が長くなればなるほど高まっていく。
昨夜は突然の 「会いたいコール」 だったが、電話のあと迷わず浴衣を用意して、肌と手足の手入れをした。
会うたびに、何か言ってくれるのではないかと期待しては、いまだ手応えを得られずにいるのに、今夜も何かを期待して彼を迎える準備をしている。
『未来を予感させる出会いがあります。紫色の物を身につけましょう』
雑誌で目にした占いを信じてみる気になったのも、二人の関係に変化をと望む気持ちからだ。
着付けの出来上がりを姿見で確認しながら、帯の位置を手直しする。
私と彼を繋いでくれるカラーになりますように……
意識して選んだ藤色の帯に願いを込めて、着付けの仕上げに帯の前をぽんぽんと叩いた。
「西垣さんと一緒に行くの?」
「うん……お父さんには内緒ね」
「わかってるわ。楽しんでらっしゃい」
「いってきます」
母に見送られて家をでた。
「好きな人がいます」 と両親に告白したあと、それはどこの誰か、紹介しろ、連れて来い、と父に詰め寄られたが、「大学に勤めている人」 と伝えただけだ。
交際相手イコール結婚相手と単純な図式しか描けない父に、西垣さんの立場を説明したところで反対されるに決まっている。
父と長く連れ添ってきた母は 「お父さんに余計なことは言わなくていいのよ。大学職員というだけで安心しているはずだから」 臨時職員であることは黙っておくようにと、的確な助言をくれた。
今朝塗り直したペディキュアはパープルパール 、恋の運気を高めるラッキーカラーだ。
下駄から見える指先がきらきらと輝いていた。