冬夏恋語り
『ウソなんだろう?』
私に向けられた言葉は決めつけたものだった。
ウソじゃない……
口ごもりながらつぶやき彼を見上げる私へ、黙って逃げ出さず、言いたいことがあれば言った方がいいよと、西垣さんの言葉は諭すようではあったが、その裏には、見え透いたウソをつくなとの説教が潜んでいるようにも感じられた。
「急に結婚式の話になって、それが気に入らないのはわかるけど、
義姉さんにも無理を言って来てもらったんだし、そのへんもわかってくれないかな」
「気に入らないとかじゃないの」
「まぁ、話をきいて。自分で言えないことは俺に言って。
ほかの男をあてにしないで、俺を頼ってよ」
「うん……」
「そんな顔をするなよ、みんな心配するじゃないか」
私が気にしているのは、ウソじゃないのにウソと言われたことなのに……
ほかの男とは東川さんをさしているに違いないが、あてにしたわけではないのに……
そう思いながらも口にできない私は、言いたいことを自分だけ言ってスッキリしている西垣さんのあとについて家に入った。
車の音を聞きつけてきたのだろう、母は玄関内で待っていた。
「早かったわね。東川さんに会えたの?」
「うん」
もう少し時間がかかると思ったから、お食事をお出ししたところなのよと、客間へ向かいながら後ろをついてくる私たちに語る母は、酒の話題を持ち出した。
「お父さんが、これは上物だって大喜びよ。
西垣さんに飲ませたいと言って、飲みたいのを我慢して待ってるの」
「そんなに良い物ですか」
「大吟醸の生酒の、なんていったかしら、袋吊るし? ですって」
それはすごい、お父さんと一緒に飲めるなら、帰りは代行を頼みますと言い出し、彼は生酒を楽しみな様子だ。
「ちいちゃん、良いお酒を持たさせてくれたのね。レシートを見てお値段にびっくりしたわ。
それで、割れたビンはどうしたの?」
渡した袋の中に、酒店のレシートが入ったままになっていたとかで、母は金額に驚いたという。
割れたビンは酒屋さんが処分してくれたから……
そう話す私の横で、西垣さんが 「本当に割れたんだ」 とぼそっとつぶやいた。
「だからそう言ったのに」 と、小声ではあったが彼へ抗議の言葉を向けたが、彼は黙ったままだ。
ばつが悪いのだろう……
素直になれない彼の心情を理解する、彼女の立場になることで気持ちを保ったが、どうにもスッキリしない。
客間に入る前、家の奥から、チリンチリンと風鈴の音が聞こえてきた。
頑張れ、と私を勇気づける音に聞こえた。
酒の力か……いえ、これは母の力だろう。
美味しい酒に気分良く酔っている父へ、母がこんなことを言い出した。
「あなた、深雪が言うように、西垣さんのご両親にご挨拶をしてからお話を進めましょう」
「うん? また、その話か」
「考えてもみてください。もしも、逆の立場だったらどうですか。
あなたに挨拶もなく、向こう様で結婚式のお話が進んでいると知ったら、
あなた、いい気分ではありませんでしょう」
「うん、そうだな……」
「ですから」
「わかった、お前の言うとおりだ。
西垣君、お義姉さん、そういうことなので、いいでしょうか」
それはもう……と、言葉を濁したお義姉さんは、西垣さんをちらっと見て 「いいわね」 と念を押した。
黙ってうなずいた彼の顔は、どこか不服そうに見えた。
怒らず、騒がず、時を見計らって父に進言する母はたいしたものだ、私も見習わなくてはと思うが、まだまだ母の域には達せそうにない。
貴重な生酒をくみかわしながら父と世間話に興じた西垣さんは、ほろ酔い加減で帰って行った。
”ウソだろうって言って、さっきはごめん”
こんな言葉を待っていたのに、その夜、彼が私に向き合うことはなかった。