冬夏恋語り
4, あんなに好きだったのに
翌日の夕方、私はまた、ちいちゃんの家にきていた。
ブドウのお返しにお酒をいただいたけれど、良い物をもらいすぎたからお返しのお返しに……と、母が自ら届けるために用意していた、母特製のチャーシューと漬物を、私が持っていくわと引き受けた。
契約更新の手続きが重なったうえに、父の知り合いの紹介で新規契約まで飛び込んできて、休憩もままならない一日の業務を終えたばかりだったが、昨日、ちいちゃんの家から帰ったあとの出来事を聞いてもらうつもりでいたため、疲れもものともせず 「ちょっとおしゃべりしてくるから」 と勇んで家を出た。
車で行くならこれも持っていきなさいと渡されたのは、我が家に届いたお中元のひと箱で、ちいちゃんがもっとも喜んだのはこの箱だった。
「チャーシューもお漬物も嬉しい。伯母さんの手料理は、私にとっても母の味よ。
これも嬉しいけど、洗剤の詰め合わせ、助かるわぁ。
大空を抱えて買い物に行くと重い物が買えなくて。
修平さんに頼みたいけど、最近帰りが遅いでしょう。
通販は便利だけど定価だし、スーパーの特売を狙って買いたいけど、この子が一緒だとそれも無理だもの」
洗剤の詰め合わせがどんなに嬉しいかを語るちいちゃんは、すっかり賢い主婦になっている。
また持ってくるね、そう言うと 「嬉しい、助かる」 と大喜びだ。
小さな子どもを持つ母親には、高級な果物より日用品の詰め合わせが嬉しいようで、結婚って現実的なんだ、なんてことを思った。
「それで、どうするの?」
「どうするのって?」
「結婚、するの? しないの?」
「えっ……すると思うけど……」
昨日の出来事を話したあとの、ちいちゃんからの質問に私は目を丸くした。
結婚をするかしないか、そんな選択を聞かれるとは思いもしなかった。
「ユキちゃん、結婚なんてやめたいって言い出すかと思った」
「やめないけど、不満だらけ」
「それはね、愚痴。
西垣さんがすごく身近になって、それまで見えなかったことが見えてきて、ここは嫌だなぁ、あれをなんとかしてくれないかな、なんて思ったりするでしょう?」
「うん……」
「嫌だなぁって思っても、結婚をやめるつもりはないんだから、彼の嫌な部分も受け入れられる。
そういうことでしょう」
「うん、そうだね」
「相手のことで、どうしても許せないものもあるのよ」
「どんなこと?」
「うーん……ごみのポイ捨てとか」
学生の頃付き合った男性が、ごみを車の窓から捨てるのを見て、一気に熱が冷めたことがあったのだと、ちいちゃんの体験談だった。
捨てちゃダメでしょうと注意したが、これくらいたいしたことないよと平気な顔をしている彼を見て、この人の感覚にはついていけないと思ったそうだ。
ポイ捨てを見たのは一回きりだったが、それがきっかけで何もかも嫌になったという。
「それくらいで別れたの? って友達に言われたけど、私は許せなかった」
「わかる……」
「でしょう? 誰にでも嫌な部分ってあるよね。
脩平さんも、何でも自分でやりたがるし、結構面倒な性格で、ときどき鬱陶しくなることもあるけど、ごみを捨てたりはしないな。
私にとって、それってポイントが大きいの」
「わかる、わかる」
うんうん、ユキちゃんにわかってもらえて良かったとホッとした顔の従姉妹を見ながら、私はあることを思い出し胸の奥がざわついていた。
西垣さんに 「ウソだろう」 と言われたことを、私は許せているだろうか。
嫌な気分が残っていたのに、その場の雰囲気に流されて、自分を納得させてうやむやにしていた。
そんな自分の気持ちに気が付いたのだった。
ゆっくりしていってと言ってくれたが、思いがけず脩平さんが早く帰宅して、あわてて夕飯の準備に追われるちいちゃんを目の前にして、お客様顔でゆっくり居座るわけにはいかない。
話し足りない思いもあったが、せっかくの家庭団欒を邪魔するのも申し訳ないと思い、遠慮はいらないのよ、と熱心に引き留める従姉妹夫婦に別れを告げて家を出た。
車に乗ってエンジンをかけたたところで、バッグから響く電話の着信に気が付いた。
話に夢中になっていた間、二度も着信があった。
『俺です。昨日は、なんかいっぱいもらっちゃって』
『こちらこそ、ごめんなさいね』
『なに謝ってるんですか。代金、もらいすぎだから返そうと思って』
いいですよ、どうせ払ったのは彼だから……
そう言いかけて、言葉を止めた。
話し足りなかったことを聞いてもらおう、彼なら聞き役になってくれそうだと思ったのだった。
なぜそう思ったのかわからないが、私の気持ちに今までにない変化が起きていた。
『これからでもいいですか』
『いいですよ。俺もそのつもりだったし』
『ごはん、付き合ってください。今日は忙しくて、お昼もゆっくり食べられなくて』
私は、東川さんを自分から食事に誘っていた。