冬夏恋語り
5, リセット
心配された天候も回復して、台風一過の見事な青空が広がっていた。
会議の受付は午後2時からだったが、午前中の早い時刻に現地に着き、ホテルに荷物を預け街へと出かけた。
会議、懇親会ともに同ホテルが会場であり移動の手間はないが、そこにばかりいては変化がない。
昼食も兼ねて、街を散策しようと思ったのだった。
旅行となれば、地理はもちろん交通機関の把握、行く先々の見どころやグルメなどを丹念に調べるのが私の性分だ。
ぬかりなく準備を整えるのは、不意の出来事の対応が苦手であるためで、できるだけ不安を取り除きたい、その思いが用意周到な準備につながっている。
ところが、今回は急なことでもあり、現地の情報を最低限頭に入れただけで赴いた。
もっとも旅行ではなく仕事絡みの旅であるため、自由な時間が限られていることもあるが、一人で考えごとをするには、ぶらりと歩いたほうがいいのかもしれない。
地方都市ではあるが、繁華街にはそれなりの賑やかさがあり、平日の昼であるのに多くの人通りがあった。
これだけは調べておいた郷土料理の店にたどり着いたが、店の前には行列ができており、「一時間待ち」 の札に並ぶのを躊躇した。
県外客に人気の店だが混むのは週末であるとレビューに書かれていたため、平日にこんなに待たされるとは予想もせず、他の食事処に心当たりのない私は、思わぬ事態に戸惑った。
郷土料理にこだわる必要はない、食事ができるならどこでも……と繁華街を歩いてみたが、どこでもいいと思うと選べないもので、結局検索サイトに頼ったのだが、現在地近くに見覚えのあるファミレスの名前を見つけて思わず回れ右をした。
ここは地元を遠く離れた場所で、先日のいざこざを見た人がいるはずもないのに、どうにも落ち着かなくなったのだ。
来た道を引き返し最初の店に戻ったが、列の長さは相変わらずだった。
「すごい人ですね」
「えぇ……」
「待っても、なかなか入れそうにありませんね」
「そうですね」
話しかけてきた男性も行列を目にして悩む顔だった。
並んだ者同士なんとなく会話をかわし、男性はそのまま待つつもりか列に並んだままで、私は通りの向こうで見つけたファーストフード店に行こうと決めて列を離れた。
全国いたるところにあるファーストフード店は、店内の様子やメニューだけでなく店員の対応までも変わりなく、今月の限定と紹介されたハンバーガーをセットで注文して、比較的空いている二階席に腰を下ろした。
旅先で、全国どこでも食べられるハンバーガーがランチとは寂しい限りだが仕方がない。
とりたてて美味しいとも、そうでないとも言えないセットメニューを半分ほどお腹に収めて、ドリンクで一息ついていると声をかけられた。
「僕も並ぶのを諦めました。ここ、いいですか」
さきほど、郷土料理店の前で話をした男性だった。
「どうぞ」 と返事をする前に私の前に腰掛け、テーブルに置いたトレーには私と同じセットメニューが乗っていた。
「もっと調べて来るんだったな」
ネットで評判の店だったので間違いないと思った、平日の昼は空いているとの書き込みだったのに、行列は予想外でしたと言いながら、早速ハンバーガーをほおばっている。
彼も私と同じサイトで情報を得たのだろう。
「こちらにはお仕事で?」
「午後から会議です。時間に余裕があったので、ゆっくり食べようと思ったのに、残念です」
食べたらホテルに戻って会議で、夕方から懇親会、夜は二次会三次会まで付き合わされそうですと語る男性のスケジュールは、私のスケジュールと見事に重なっていた。
もしかして……と、尋ねると、
「えっ? 代理店の? いやぁ、そうですか。こんな偶然、嬉しくなりますね」
常磐ですと名乗った男性は、私と同じ目的でこの地へやってきた人だった。