冬夏恋語り
7, いつから好きだったの?
電話中の父を見ながら、隣のデスクのベテラン社員の岡田さんがふふっと笑った。
また、からかわれるなと思っていると、案の定……
「彼って律儀だわ。毎度毎度、電話で社長の許可を得るなんてね」
「彼って?」
「またまた、とぼけるんだから。東川さんに決まってるじゃない。
つきあってるんでしょう?」
「つきあってるとか、そんなんじゃなくて」
「あら、そうなの? 毎週お誘いがあって、いそいそと出かけてるのに?」
「いそいそなんて、そんな……」
隣のデスクから椅子を移動させて、あれこれと問いかける。
人生経験豊富な岡田さんには全てお見通しだろうが、簡単に認めるわけにはいかない。
長く交際していた西垣さんとの結婚がなくなり、それからまだ間がないのに、もうほかの男性とつきあっていると思われたくなかった。
思われたくなかったが……いまの私と亮君は、それに近いのは事実だけど。
「そうかな? そわそわしてるわよ。今日のメイクもいつもと違うもの」
「今日は、短大の友達の結婚祝いがあるから、だから服とかメイクもちゃんとしようと思って」
「深雪ちゃんのお友達って、短大の同級生は女の子ばかりでしょう?
で、ネイルにも気合が入るの?」
ふぅん……と意味ありげな視線を私の指に向ける。
ネイルサロンで施された仕上がりは完璧で、コンプレックスの小さな手がほっそり指まで長く見えるから大した効果だ。
亮君の目を意識したネイルなんてことは、絶対口にできない。
「そういうことにしておくわ。でも、彼が送り迎えしてくれるなんて、いいわね。
ホント、羨ましい。ねっ、夢ちゃん」
「はい、羨ましいです」
夢ちゃんこと小川夢穂さんは、私よりひと回りも下の若い子で短大が同窓だ。
就職難の年に見事内定を勝ち取り希望の職に就いたが、人間関係に悩み仕事にも上手く馴染めず一年で退社、その後、短大の就職課の紹介で長期アルバイトとしてウチの事務所にやってきた。
夢ちゃんとよく似た経緯で就職先を退職した経験のある私は、彼女のことが気がかりだった。
仕事を始めた頃の彼女は、以前の職場のトラウマか、与えられた仕事はきちんとこなすが、人の意見に従うばかりで自分を前に出すことはなかった。
そんな夢ちゃんに 「人って、みんなわがままなの。嫌な時は嫌って言っていいのよ。羨ましい時は、いいですね、って言えばいいの」 と、 事あるごとに言っていた岡田さんの効果か、少人数の事業所の雰囲気が合ったのか、この頃では自分の意見をはっきり言えるようになってきた。
常務であり事務所の人事担当である母は、夢ちゃんを正社員にして、出産や育児に忙しくなるだろう私の仕事を引き継いでもらおうと考えていたようだ。
私が結婚をやめる前のはなしだが……
「夢ちゃん、ほら、見てごらん。深雪ちゃん、嬉しそうにしてる」
「そうですね」
「してません!」
必死になって否定する私を面白がっているふたりに、ぷうっと顔をふくらませてみせた。
女同士の他愛ない話は、窓際の代表者席に座る父の耳にも聞こえているはずだ。
大きな咳払いが何よりの証拠だったが、それでも以前のように 「静かに!」 と言ったりしない。
父は、私と亮君が出かけることをどう思っているのだろう。
一度聞いてみたいと思いながらその機会に恵まれず、定時で仕事を終えると、まだ仕事中の父を横目に事務所をでて、亮君との待ち合わせの場所に向かった。