冬夏恋語り
ポケットから振動が伝わってきた。
マナーモードのままだったと思いながら取り出して画面を確認すると 「ヨーコちゃん」 と表示されていた。
『待っても報告が来ないから、電話しちゃった』
『あっ、ごめん。昨日はいろいろご迷惑をおかけしました』
『いいのいいの。それで、どうなったのかなぁ? 彼と』
『うん……朝、帰ってきた』
『朝って、朝帰り? えっ、深雪ちゃん、お持ち帰りされたの?』
『そう……なるのかな』
わぁわぁと、電話の向こうでヨーコちゃんがわめいている。
その声はひとりのものではなく、ほかにも誰かそばにいる気配だ。
『彼、年下君でしょう? どこで知り合ったの? 西垣さんと掛け持ちでつきあってたの?』
『まさか! そんなことしないよ。彼はウチの事務所に入ってる業者の前の担当さん』
『で、いくつ下よ』
『4つ……』
キャーっと叫び声が上がった。
それからは質問の連続で、西垣さんとの別れを話した昨夜より、もっともっと詳しく聞かれ、とうとう彼にプロポーズの返事を迫られたことまで話してしまった。
『2ヶ月って、深雪ちゃん、待たせすぎ。年下君、よそ見したらどうするのよ』
『はっ、それは考えなかった……』
『ふぅん、愛されてる自信があるんだ。すごいじゃない』
『そんなんじゃないけど、私、すぐに決めるの苦手だから』
『けどね、ふつうは2ヶ月も待ってなんて言わないよ』
最初はもっと待ってと言ったなんてヨーコちゃんに言ったら、はぁ? と呆れるだけでなく信じられない! と怒られそうだ。
早く返事をしようと思ってるんだけど、と言う私にヨーコちゃんがこんな言葉をくれた。
『でも、彼に悪いから、急いで決めようなんて思っちゃだめだからね。
深雪ちゃんが、自分のために時間をかけて考えるのは賛成だから』
『ありがとう』
『嬉しい報告を待ってるね』
もしも、そうならなくても話を聞いてあげるからとのヨーコちゃんの言葉に、友人の優しさを感じた。
電話を終えたあとからの掃除はよりてきぱきと進み、予定外のガラス磨きまでやるという力の入れようとなり、夕方父が帰るまで続いた。
帰宅した父は私を見ても 「帰ったのか」 しか言わず、次の言葉は 「おかあさんは?」 だった。
通夜に出かけてまだ戻らない、遅くなりそうだと伝えると、そうか……と言っただけで、さっと背を向けた。
これほど父が私に対して言葉を控えたことはなかく、父らしくない態度を見せられるのも限界だった。
それでも 「お父さん、私に言いたいことがあるでしょう。どうして黙ってるの」 とは言えず、悶々とした思いを抱えたまま、秋の日々はすぎていった。
亮君と会わなくなって1ヶ月がたった。
毎週のように誘いがあった彼からの電話も途絶え、父の態度に変わりはないが、母は気になるようで、私に何か聞きたそうにしている。
「東川さんと別れちゃったの?」 とスパッと聞いてきたのは岡田さんだけ。
黙ったまま笑って見せると、どうなったのよ! とまた聞かれた。
考え中ですと返事をすると、はっきりしないわね、あーイライラする! と怒っている。
考え中といったのは嘘ではない。
考えても、考えても、私がたどり着く答えはひとつだけ。
けれど、私だけでは決められない。
誰よりも亮君に話さなければならないことが、私に……いえ、私たちに起こっていた。
体調不良から妊娠検査薬を試した結果、陽性反応がでたことを伝えるために、今夜、亮君と会うつもりだ。