冬夏恋語り
亮君と暮らすようになってわかったのは、私にも母にも実に優しいということと、甘え上手であるということ。
母に食の好みを聞かれて、「基本、何でも食べます」 と返事をすると、でも苦手なものもあるでしょう? と母に重ねて聞かれ、「そうですね、でも、作ってもらえるので感謝しています」 と言うものだから、母は余計に張り切り、亮君の好きなものを並べるのだった。
それをまた彼が褒めながら食べるので、母を嬉しがらせ、ますます亮君に甘くなる。
父の好物と並んで皿数が増える食卓となっていた。
私と二人だけになると、そばにきて体に手を添えてくる。
私の体調を気にしているのかと思ったが、それだけでなく、体のどこかに触れていたいらしい。
体温を感じるのって落ち着きませんかと、彼の言うこともわかるが、子犬のようにじゃれるのは甘えたいからではないかと、私は思っている。
スキンシップ好きなの? と聞くと、俺、三男ですからと、私にはピンとこない返事があった。
とにもかくにも、こんなに甘える男性だとは意外だった。
「だから、起きようよ」
「うん……」
「ご飯、冷めちゃうでしょう」
「あっ、風鈴が鳴ってる」
「話をそらさないの」
「ほら、聞こえる。冬に聞くと寂しい感じがしないでもないけど、嫌いじゃないですね」
冬の音色も嫌いではないと言ってくれる亮君が好きだ。
彼のどこを好きになったの? と友人たちから聞かれて、「優しいところ」 というありきたりな返事をしたものの、本当はもっと深い部分に惹かれた。
上手く言葉にはできなくて、誰彼に教えたくなくて、私の胸だけに秘めた気持ちを、ふと感じるのが今朝のような会話の時。
無理をしてそうしている風でもなく、私に寄り添った言葉をかけてくれる彼のそばにいることで、穏やかな気持ちで過ごしていけるのではないかと思っている。
「手を引いてあげようか」
「嬉しいけど、今はだめです。深雪さんの体に負担がかかるから」
「これくらい、大丈夫」
「深雪さんって用心深いのに、ときどき無茶をするでしょう。気をつけてくださいよ」
年下の夫に朝から注意される私は、年齢が伴わない年上の妻だ。
こんな私を頼りなく思ってるだろうなと、彼にすまない気持ちになっていると、確かな腹筋で起き上がった亮君に抱きしめられた。
「ため息をつくと幸せが逃げるって言ってなかった?」
「ため息、ついてた?」
「ですね」
「気をつけます」
「そのままでいいですよ。俺、そんな深雪さんも好きだから」
不意打ちのように私を褒めて喜ばせる。
彼は、決して言葉を惜しまない。
「ねぇ、いつから好きでいてくれたの?」
「そうですね……夏祭りの浴衣を見た時かな」
「だって、あのとき、まだ彼女と」
彼女と付き合ってたでしょうと言いかけて飲みこんだ。
「彼女がいたけど、深雪さん、いいなと思った」
「どこが?」
「紫の帯がすごく似合ってて、下駄から見えたペディキュアが、なんか誘われてるみたいで」
「わぁ、そんな目で見てたんだ」
「そうですよ。気持ちに嘘はつけないでしょう」
「深雪さんは? いつから?」
「わからない。気がついたら……大事な人になってた」
「俺もです。ずっとそばにいて欲しいと思った」
真っ直ぐな言葉とともに、さらにギュッと抱きしめられた。
雑誌で見た占い……
『未来を予感させる出会いがあります。紫色の物を身につけましょう』
あの時の出会いの相手は亮君だった。
すべては、この時につながっていた。
先に立ち上がった彼が、まだ座り込んだままの私へ手をさしのべる。
力強い手に引かれ立ち上がった。
「うっ……ごめん、ちょっと」
「気分が悪いの?」
「大丈夫……またお願いがあるの」
「アイスクリームですか」
「そう、無性に食べたくて」
香りに敏感になった次に起こった体調の変化は、アイスクリームが食べたくなったこと。
寒いのにどうしても食べたくて、毎日のように亮君に買って来てもらっている。
「帰りに買ってきます」
「お願いします」
「了解」
アイスクリームは西垣さんとの思い出につながっている。
思い出の一部として西垣さんの顔が浮かんでも、切なさや胸の痛みを感じることはない。
いまどうしているだろう、元気にしているかな、愛する人に出会ったかな……
ふと気になる時がある。
あなたも幸せになってください……そう願うことで思い出をしまい込んだ。
「どうしたの?」
「なんでもない」
「行きますか」
冬のひだまりのような彼の笑顔に、私も微笑みを返した。
…… 終わり ……