冬夏恋語り
2, 門限と年下の彼
家に帰り着いたのは深夜2時、予想通り父は玄関の前で待ち構えていた。
ホテルを出る前 『これから帰ります』 と母にメールを送り 『覚悟して帰ってらっしゃい』 との返信だったので、それなりの覚悟をしていたが、 父の顔は仁王像さながらの険しさだった。
「何時だと思ってるんだ」
「ただいま……遅くなりました」
「どうして遅くなった。門限を2時間も過ぎてる!」
「お友達と話をしていたら遅くなったの、ごめんなさい」
「友達ってのは、どこの誰だ」
父はいつまでも私を子ども扱いする。
門限を守らなかったのは悪いが、この歳になって門限があるのはどうだろう。
誰と一緒だったのかと聞かれても、名前を言ったところで私の交友関係など知らない父にわかるはずもなく、怒られることに変わりはない。
私の弁解など、はなから聞く気はないのだから。
「友達の名前をお父さんに言ってもわからないでしょう」
「相手は大学に勤めている男か。そうなんだな!」
「ご近所迷惑よ。家に入りましょう」
「深雪!」
「ふたりとも、家に入ってちょうだい。話は朝にしましょう。
お父さん、大きな声は迷惑ですよ」
真夜中の親子喧嘩は間違いなくご近所に聞こえ、今日の井戸端会議の話題になるはずだ。
母がとりなし、父は不機嫌を抱えたまま家に入り、私は黙って自分の部屋に向かった。
布団に入ったのは3時近く、あまり寝られないまま朝を迎えたが、いつもと変わりなく起きて身支度を済ませ、父を避けるために朝食の席につかず、そのまま出勤した。
出勤と言っても敷地内の事務所であるため、父と顔を合わせるのは時間の問題だった。
父が社長、母が常務、社員は私のほかに長く勤めている女性が一人いて、あとはパートさんと忙しい時期にアルバイトを募集する小さな事業所は、朝の早い時間は家族だけ。
いつもなら家事を済ませてから姿を見せる母が、父と一緒にやってきたのは親子喧嘩を心配したからにちがいない。
顔を合わせた途端に始まった父の詰問に、だんまりを決め込んで仕事を始めると、今日最初の訪問者がやってきた。
「おはようございます」
「東川君、早いじゃないか」
「社長、深雪さんと親子喧嘩ですか」
「いや、なに、コイツが門限を守らなかったんで説教してたところだ」
「ちょっと、お父さん」
内輪もめの原因を聞かされても、東川さんも困るだろう。
すみません、変なこと聞かせてしまって……と詫びると、東川さんがとんでもないことを言いだした。
「あっ、それ、僕にも責任があります。昨日、深雪さんと一緒でした」
「なに?」
「みんなで夏祭りに行くんで、深雪さんも誘ったんです」
「それは本当か!」
「はい、人が多くて、なかなか会場から出られなくて。
そうですか、門限に遅れたんですか。すみませんでした」
いきなり頭を下げた東川さんに、私も父も、そして母も、驚くばかりだった。
彼が祭りに誘ったとは、私をかばうために嘘をついてくれているとわかるのだが、正直なところ困ったことになったと思った。
弁解もなく謝る姿を前に、東川さんと一緒ではなかったとは言い出しにくい。
今日こそは父に、西垣さんと交際している事実と、彼がどんな人であるかを告げるつもりでいたのに、思わぬ展開となり戸惑った。
不満を抱えながらも父の言いつけに従ってきたが、このままでは将来まで父に決められてしまう、そんな危機感から、昨夜は門限を破った。
これは、父への反抗の第一歩だと、そのつもりだったのに……
東川さんの一言は、父に大いなる誤解を与えたはずで、私と東川さんが付き合っていると思い込んだに違いない。
「どういうことか、説明してもらおうか。深雪と、いつからだ!」
「いつからってことは……友達も一緒だったので、二人だけじゃなくて」
「深雪のほかにも女を連れていたのか!」
「はっ?」
あぁ、やっぱり……
思い込みの激しい父の誤解を解くにはどうしたらいいだろう。
東川さんを問い詰める父を何とかしたいが、この状況で私の言葉を聞き入れるとは思えない。
私の心配を察した母が二人の間に入った。
「東川さん、心配をおかけしてごめんなさい。
深雪が怒られるのを見かねて、夏祭りに一緒に行ったとおっしゃたのでしょう?」
「いえ、そんなことありません。本当に一緒でした」
夏祭りの会場で会って話をしたのだから、一緒でしたという言葉に間違いはないけれど、その場に西垣さんもいたのだと、東川さんが言ってくれたら彼だけを悪者にしなくてすむのに、そうとは言わない。