冬夏恋語り
猫の温かさを知ってから、それほど人肌を恋しいと思わなくなった。
マンチカンは小型の猫で、大きくなっても3キロから4キロほど。
まだ子猫のミューの重さはほどよく、毛布に乗っても眠りを邪魔することはない。
猫の重みで目覚めを感じる朝もいいものだ。
なんといっても温かい。
毛布の中に入れてやるか……
手をだして猫を探っていたはずが、つるんとした肌に触れた。
女性の、それも若い肌であると直感したが、しばらく女性の訪問などないこの部屋にどうして? と疑問しか浮かばない。
ここは俺の部屋だよな? と、あらためて自分自身に問いかける。
おそるおそる目をあけ、手の先に視線を向けると、女性の頬とうなじが目に飛び込んできた。
とたんに跳ね上がった心臓は、今までにない速さで脈を打ちはじめた。
うなじを見せながら突っ伏した体は、熟睡しているのか目が覚める気配はない。
動悸を抑えながら、瞬きをして周囲をうかがった。
部屋の隅に寄せられたテーブルの上には、数個のグラスとビール缶、焼酎の瓶も見える。
窓にかかったカーテンの隙間から薄く日が差し込んでいるため夜ではない。
カーテンの色柄から自分の部屋ではないとわかり、胸の鼓動はいよいよ激しくなってきた。
フローリングに敷かれたラグの毛足は長く、これも俺の部屋にはないシャレたもので、ラグのおかげで布団に寝たような心地良さがあった。
俺には毛布をかけられ、胸にはマンチカンが一匹乗っており、薄い肌布団にくるまった若い女性がすぐ横で眠っている。
ドラマや小説ではおなじみの 「朝起きたら、知らない女が隣で寝ていた」 に限りなく近い状況ではないか。
このような場面に遭遇したら、次はどう行動するべきか……
考えながらも動けず目だけをキョロキョロ動かしていると、毛布の縁までやってきたミューではないマンチカンと視線があった。
「おまえ、どこのコだ?」
見覚えのない猫が、俺をじっと見ていた。
「おはようございます。頭痛とかしませんか?」
突っ伏した体を起こし、猫の横に並んだ女の顔が俺に問いかける。
「こゆきさん?」
「名前、覚えてくれたんだ。お腹すいたでしょう。すぐ、ご飯の準備しますね」
立ち上がった彼女は普段着ではなく、すぐにでも出かけられそうなスーツを着ていた。
酔いつぶれた俺が起きるのを待っていたのか。
「ごめん、すぐ帰るから」
「朝ごはん、食べていって」
「でも、もう出掛けるんだろう?」
「まだ、大丈夫だから」
「いいの?」
「店長と井上さんにも食べてもらったの。西垣さんも遠慮なく」
「あっ、うん。じゃぁ、ごちそうになろうかな」
彼女は俺の苗字を呼んでくれるが、彼女の苗字を思い出せない。
「こゆき」 の響きは辛い思い出につながっている。
できれば苗字で呼びたいが、思い出せないのではどうしようもない。
それよりも、昨夜何があったのか、そっちを思い出さなくてはと、体を起こしたとたん頭痛に見舞われた。
グラスと並んだ焼酎の銘柄には覚えがある。
「とっておきを持ってきたよ」 と店長が持参した焼酎は年代物の古酒で、琥珀色の液体は舌の上でまろやかに転がった。
美味しかったなぁ……
そうだ、店長と差さしつ差されつ飲んだ記憶がある。
南方の島特産の黒糖酒は、アルコール度数40度を上回る焼酎で、ロシアのウォッカに負けず劣らず強い酒だ。
酔って前後不覚にもなるだろうが……
誰と飲んだ?
こゆきさんと店長、トリマーの井上さんも一緒だった。
どうして?
ペットショップで会って、キャットハウスの相談を受けて、部屋に招かれて、みんなで猫談義で盛り上がり意気投合したため。
俺はどうしてここにいる?
こゆきさんの部屋で 「家飲み」 のあと、泥酔しそのまま寝てしまったから。
酔って、介抱されて、彼女の毛布を拝借したのか。
わぁ、最悪……
服を着たまま寝ているということは、よからぬ行動は起こしていないらしい。
男として最低限のマナーは守ったようだ。
変なところに安心して、そして思い出した。
「君は、タァー君だったね。お邪魔してます」
「この子の名前も思い出してくれたんだ。嬉しい」
キッチンから、こゆきさんの嬉しそうな声が飛んできた。
タァーはいつの間にか俺の体から降りて、キャットタワーにのぼっていた。
「西垣さん、苦手なものは?」
「特にないよ。こゆきさんにまかせる」
「はーい」
キャットタワーで遊んでいたタァーが、トンッと飛び降りてブルッと体を震わせた。
うっ、さむっ……
タァーの動きにつられて、俺も身震いした。
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マンチカン ・・・ 北アメリカに起源を有する猫の一品種
短い足が特徴の小型の猫
キャットタワー ・・・ 猫のグッズ 高低差のある段を、乗ったり飛び降りたりする