冬夏恋語り
そんなこんなで親しくなった北条だが、彼女の祖父は地元の大地主で、手広く不動産経営をしていることから、いろんなことが耳に入るそうで地域の情報に明るい。
地元のことは彼女に聞け、というくらいなんでも知っている。
「店を教えてほしいんだが、折敷 (おしき) を売っている店を知らないかな」
「オシキってなんですか?」
「あっ、わからないか。お盆みたいな台だけど、見たことないよな」
「お盆って、トレイみたいな?」
トレイとは、10代の子らしい例えだ。
「そうそう。食器店じゃないし、漆器の店とかあれば」
「シッキってなんですか?」
「漆塗りだよ。そんなことも知らないのか」
「知りませんけど……そんな言い方しなくても……」
半泣きの顔になり、口をとがらせる北条に慌てて謝り、とにかく、お椀とか盆が売られている店を教えてくれと、拝むように頼んだ。
地方にいるとき世話になったケンさんに贈る折敷を探していた。
日頃から着物を愛用し、食事時には折敷に茶碗を乗せて食べるケンさんの、なんとカッコイイことか。
長年使っていた折敷にひびが入り、それでも大事に使っているのだが、世話になった礼を込めて新しいものを贈りたいと思っていた。
ネットサイトなら確実に手に入るのはわかっているが、実際手に取って品物を確かめて選びたい。
地元に詳しい北条でも、折敷や漆塗りがわからなければ店の見当がつかないだろう。
諦めかけていた時 「うるしぬり」 と突然声がした。
北条がスマートフォンに向かってしゃべったのだ。
音声検索、なるほど、その手があったか。
「漆塗りって、これですね。『麻生漆器店』 ならあるかも」
「アソウ?」
「地図は……ちょっと待ってください」
麻生……麻生恋雪さんと関係あったりするんだろうか。
まさか、小説やドラマじゃあるまいし、と、つい先日も似たようなことを考えたっけと、そんなことを思い出しながら、北条から 『麻生漆器店』 の場所を聞き、その日の夕方、さっそく出かけた。
『麻生漆器店』 と、名前は古めかしいが看板は新しく、店もシャレた外観だ。
店先には若い女性客がいて、動物の箸置きを手に 「カワイイ」 を連発している。
そんなことはないと思いながらも、恋雪さんがここで働いていて、「いらっしゃいませ」 と迎えられ、二人で手を取り合って劇的な再会に感動する……
などと、安っぽい演出を頭に描きつつ、女性客の横をすり抜けて店に入った。
「いらっしゃいませ」
迎えてくれたのは、やけに雰囲気のある華やかな顔立ちの店員だった。
胸に 『麻生』 のネームプレートが見え、小説やドラマのようにはいかないか……と期待外れで気落ちしかけた自分を励ました。
「折敷を探してるんですが、ありますか」
「おしき、ですか? おしき……おしき……少々お待ちください」
この人も知らないのか?
奥へ引っ込んだ店員に呆れながら、北条愛華の真似をしてスマートフォンで画像を探そうとポケットに手を入れたとき、それは起こった。
「折敷でしたら、こちらにございます。あっ、西垣さん」
手に箱を持った恋雪さんが、店の屋号を染め抜いた暖簾をくぐって姿を見せた。
小説やドラマのような劇的な再会というのは、本当にあるんだな……
期待した出会いが本当に起こったというのに、彼女と手を取り合って感動することはなかった。
彼女には婚約者がいるということを思い出した脳が、俺を冷静にさせようとしていた。
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折敷 ・・・ 食器を乗せる食台。四角で低い縁がついているもの。