冬夏恋語り
「こんにちは。このまえは、どうも……」
語尾を濁した 「どうも……」 に、「一晩お世話になりました」 と 「朝食ごちそうさまでした」 の言葉を込めたつもりだ。
恋雪さんに伝わったようで、「どういたしまして」 とでもいうように、ふたりだけに通じるアイコンタクトがあった。
「大学、間にあいましたか?」
「うん、余裕だよ。折敷 (おしき)、見せてもらえる?」
酔って一晩厄介になった恋雪さんへ、もっと言葉を尽くして礼を伝えるべきだと思うが、もうひとりの麻生さんが、隣りで興味津々俺たちの関係を探っていては、語るに語れない。
「折敷の大きさに種類があるの?」
「普通サイズと、ハーフサイズがあります。こちらは一般的な大きさのものです。
ハーフサイズは小物を乗せたり、お湯呑用にしたり、みなさん使い分けていらっしゃいます。
ご自宅用ですか」
「贈り物だけど」
気軽に使える折敷が欲しいと伝えると、恋雪さんは仕上げが異なる三枚をテーブルに並べた。
木肌が素朴なもの、塗りのもの、それぞれに良さがあり迷ったが、ケンさんが使っていた折敷に似たものを選んだ。
「じゃぁ……これをもらおうかな」
「こちらでしたら、気軽にお使いいただけます」
「包んでもらえる?」
「お熨斗はいかがいたしましょう」
仕事だから当たり前だが、恋雪さんはこのまえのように親しく語りかけたりはしない。
それが少し寂しく感じられ、律儀に言葉を崩さない彼女に、俺はことさら友達のように話しかけた。
「ちょっとした礼なんだけど、御礼でいいのかな」
「では、こちらにお名前をお願いします」
「えっ、僕の名前、覚えてくれたんじゃないの? 残念だな」
「あっ、あの……覚えてますけど」
一応、文字の確認のためにお願いしますと困ったように言われ、渡された紙に 西垣武士 と書き込んだ。
少々お待ちくださいと言葉を残し、恋雪さんが奥に引っ込むのを待っていたように、もう一人の麻生さんが話しかけてきた。
「お客様は、大学に通っていらっしゃるんですか?」
「はい」
そうですか……と気の毒そうな顔をされた。
どう見ても20代には見えないだろうが、教える方ではなく学生に見られたとは、いささかショックだ。
この歳で学生とは情けないと思われたのか。
「あの、なにか?」
「ご近所の息子さん、30歳をすぎてフリーターから一念発起、大学を受験して合格したんですよ」
「それはすごい。一度勉強を離れてからの受験勉強は、なかなか大変ですから」
「お客様もそうでしたか」
「受験勉強ですか? まぁ、そうですね」
やはり、俺を学生と思い込んでいるようだ。
それにしても、目の前の麻生さんは、恋雪さんとどういう関係だ?
苗字が同じだから身内だろうが、まさか母親ではないだろう、姉か、叔母か、従姉妹か?