冬夏恋語り
俺を学生だと思い込み、勝手に気の毒がっている 「もう一人の麻生さん」 をからかってやろうと思いついたのは、ほんの遊び心だった。
「まだまだこれからですが、将来は大学教授を目指しています。目標に向かって頑張ります」
「まぁ、頼もしい……教授なんて、すごいわ」
語ったのは自分の将来についてであって、俺は嘘は言っていない。
教授という言葉の響きは、誰もが特別なものととらえる。
弁護士や医師を目指す学生へ向けられる眼差しと、似たような目を向けられた。
いつまでも親のすねをかじっている学生の分際から、将来見込みのある学生と思われたか。
身上調査がはじまった。
「失礼ですが、恋雪とはどちらで?」
「えっと、ペットショップです。僕も猫を飼っていて、よく通っているので」
「あぁ、ペットショップでアルバイトね」
猫を飼っていると言ったのに、どうしてアルバイト店員になってしまったのか、この人の思考回路はわからない。
そして、いまだに恋雪さんとこの人の関係は謎のままだ。
姉妹にしては歳が離れすぎているようだと思うが、思い切って聞いてみた。
「恋雪さんのお姉さんですか」
「姉です。うふふ、恋雪の姉にみえました? 嬉しいわぁ。
お客様のなかには ”お母さんですか” なんて聞く方もいらっしゃるんですよ。
それで、西垣さん、ほかには何を?」
「はっ?」
「アルバイトよ。一週間に一回のペットショップだけでは大変でしょう」
「えっ? いえ、アルバイトはしていません」
「まぁ、そうなの? 時給はどれくらいがいい?
毎日は大変でしょう、週に4日か5日くらいなら大丈夫ね」
「はぁ?」
「いいところを紹介してあげる。ちょっと待ってね」
急に気安く語りかけるようになった恋雪さんのお姉さんは、俺の意思などお構いなしに話を進めていく。
待ってねと言われ、「いいです」 とあわてて断ったが、姉さんは聞いていないのか聞き流しているのか 「いいから、いいから」 と取り合ってくれない。
店の一角に人がいたのかと気がついたのは、このときだった。
天井から降ろしたスクリーンに隠された一画へ行き、中を覗き込むようにしてお姉さんが声をかけた。
「春山さん、おたくのスーパーで募集していた男の人のアルバイト、もう決まっちゃいました?」
「いや、まだ決まってないよ」
「あぁ、よかった。あの学生さんにお願いできませんか?」
「どの人だい?」
恋雪さんのお姉さんが俺の方を向き、「ちょっと、こっちにきて」 と言いながら手招きした。
「本当にいいです」 と言うのに、「遠慮してる場合じゃないでしょう、こっちにいらっしゃい」 と、すっかり保護者口調だ。
「困ります」
「困ることなんてないでしょう。紹介者の口利きがあった方が、なにかといいのよ。
春山さんは大きなスーパーの会長さんなの。
西垣さん、あなた運がいいわ。運はつかむものよ、逃しちゃだめ。そんな弱気でどうするの。
せっかくまた勉強しようと思ったんでしょう? 前を向かなきゃ。いい?
人生は一度きりしかないの、思い切りも大切よ。わかった?」
「はぁ……」
なにやら話がおかしな方向へと進み始めた。
折敷を買いに来たはずが、俺と似たり寄ったりの年齢だろう恋雪さんのお姉さんに、人生の在り方を説教される羽目になった。