冬夏恋語り
私たちの交際が父の公認ではないと話したため、私をかばってくれるつもりでいるのだろうが、東川さんが私を誘ったと言ったため、余計にことを複雑にしていた。
「あなたが、門限門限とうるさいから、東川さんにまで気を遣わせてしまって」
「そうなのか? 東川君、深雪と行ったのか、行かなかったのか、どっちだ」
「だから、東川さんは深雪のために」
「うるさい! おまえは黙ってろ。どうしてコイツが深雪のために嘘をつく必要がある。
そこんところをはっきり聞かせてもらおうか」
母は東川さんの嘘をわかっているだけに、なんとかしようと懸命になるが、かえって父の怒りにふれていた。
「嘘じゃありません。深雪さんの浴衣に紫の帯が似合ってるって、みんなも言ってました」
「浴衣が似合ってたって? そうか。うん、そうだろう、深雪は着付けを習ってるんだ。
いまどき自分で着物を着られる娘は、そういないぞ」
「自分で着たんですか。さすが、小野寺社長のお嬢さんですね」
「しつけに関してはうるさく育てたからな。そのへんの娘たちと比べてもらっては困る」
「ですね。昨日のこと、本当にすみませんでした。
これから深雪さんを誘うときは、事前に社長にお話してからにします」
「うん、そうしてくれ。いやなに、私も言いすぎた。悪かったな」
「いいえ、そんなことありません。大事な娘さんですから」
「ほぉ、わかってるじゃないか。東川君は見所がある男だと思っていたが、これからも頼むよ」
いつのまにか東川さんのペースになり、父は機嫌を直していた。
昨夜は東川さんと出掛けたことになってしまったが、誤解させたままでいいはずがない。
どうしようか……と、相談するように母の顔を見ると、「何も言わなくてもいいのよ」 と言いたげに首を振っている。
東川さんにもチラッと視線を送ったが、私へ小さくうなずいてみせたのは 「ここは任せて」 ということなのか。
結局私にできることはなにもなかった。
私のために 「すみませんでした」 と潔く謝った東川さんは怒られることもなく、それどころか父の信用を得たようでもある。
なぜだか上機嫌になった父の話し相手になりながらコピー機のメンテナンスをすませ、爽やかな顔で帰って行った。
『礼儀正しい男は信用できる』 『男は言い訳をするものではない』
これは、父が相手を見極める判断基準としてよく口にしているが、東川さんは今朝の一件で、この二点に当てはまる男性として父に見込まれた可能性が高い。
東川さんが父に気に入られるのはかまわないが、私の相手として見込まれては困る。
ちいちゃんのダンナさまとなった脩平さんもそうだったと、苦い思い出が蘇った。
脩平さんとの見合い話が持ち上がった頃、西垣さんは遠方の町に赴き、会えるのは二ヶ月に一度あるかないかだった。
長いときで半年も会えず、まめに連絡をよこす人でもなかったので、これで付き合っていると言えるのかと不安でもあった。
仕事が終っても敷地内の家に直行か、稽古事のほかに友人と買い物に行くくらいの私に、まさか交際相手がいるとは思わなかったのだろう、 母の友人から見合い話が持ち込まれた。
もちろん断るつもりでいたのに、見合い相手を父が気に入ってしまったことから、周囲はとんだ迷惑をこうむった。
ちいちゃんと脩平さんは私を気遣って交際を言いだせず、私は父に背けずはっきり断ることができなかった。
脩平さんのご両親や叔父さん夫婦も巻き込まれ、父の頑固な態度は周囲に散々迷惑をかけた。
ちいちゃんに赤ちゃんが授かって、これ以上の既成事実はないのに、それでも 「ウチの深雪の婿に」 と言い続け、ついには、それまで父の言うことに 「はい、はい」 と従ってきた母の堪忍袋の緒が切れて、夫婦喧嘩にまでなった。
父へ負けじと言い返す母の姿を目にしたのは、このときが初めてだった。
それからというもの、父はどこか母に恐れをなしている。
脩平さんと見合いをしたときの再現にならなければいいけれど……
悪いほうへと気持ちが向きかけて、いいえ、あの時とは違うのよ、と自分に言い聞かせた。
父のせいばかりではない、私の気持ちの弱さが招いた事態でもあったのだから、同じ失敗はしたくないし、しないつもりだ。
昼食後、頭痛がするので少し休むからと言い訳を用意して、自分の部屋に戻り電話をかけた。
『小野寺総合保険事務所と申します。いつもお世話になっております。東川さんを……』
東川さんはまだ出先との返事で、折り返し連絡させますといわれたが、私も出先ですのでと断り、個人の携帯番号を伝え東川さんの電話を待つことにした。
軒先の風鈴が、チリンチリンと涼しげな音を鳴らしていた。