冬夏恋語り
ハルさんたちに初めて会った日、自己紹介すると 「タケシだから ”タケちゃん” だな」 と言い渡された。
ご隠居さんたちからみれば俺などは若造だろう、ちゃん付けで呼ばれても仕方がない。
愛華さんと恋雪さんは ”西垣さん” と呼んでくれるのでよしとしよう。
その愛華さんに 「西垣さん、私ね」 と、鼻にかかった色っぽい声で話しかけられた。
この声で毎日起こされたら、朝からいい気分だろうな、などと、頭で妄想を膨らませながら真顔で話を聞く。
「学生結婚だったんですよ、相手は社会人でしたけど。でも、できちゃったから結婚したんじゃないのよ。
好きだから、いつも一緒いたいと思ったの。彼もそう思っていてくれたので」
「ご両親がよく許してくれましたね」
「反対されましたよ。大学を卒業してからでもいいだろうって、さんざん言われました。
今の私なら親の気持ちもわかります、学生の分際で、なにが結婚だってね。
でもね、あのときはどうしても結婚したかった。同棲みたいな中途半端な関係は嫌だったんです。
ウチは母も結婚が早かったから、母に張り合う気持ちもあって」
愛華さんのお母さんも二十歳になるかならないかのころ、この家に嫁いできた。
「私が大学を卒業するまでは、彼がウチに通う条件で結婚を認めてもらったんです。
そう言いながら、子どもができたら別居してもいいぞなんて孫を期待するんですから」
「それって、妻訪婚じゃないですか」
「ツマドイコン?」
妻の家に夫が通う形式の結婚で、今でもアジアの各地には習慣があり、子どもが生まれたら新居を構えるのだと説明すると、ご隠居さんたちも一緒に 「へぇー」 と声が上がった。
昔々、平安の頃は妻訪婚が一般的で、家は女を中心に栄えていたのだと、ここぞとばかりは得意分野を披露した。
俺を見る愛華さんの尊敬の眼差しが心地良い。
「龍太君が生まれて、めでたく別居になった。そうでしょう」
「それが……」
通い婚で一年ほど過ごしたが、変則な結婚生活は上手くいかず離婚になった。
「あんなに好きだったのに、一緒に暮らしてみたらしっくりこないの。
彼がウチの家族に遠慮してそうなったとか、そんなんじゃないんです。
一緒にご飯を食べて、部屋でふたりで過ごして、朝送り出して、普通の新婚さんと同じなのに、うまくかみ合わなくて、なんだかぎくしゃくしてきて、お互い苦痛になって。
親も心配して、庭に私たちのために離れを作ってくれたのに、一度離れた気持ちは戻らなくて一年で離婚です」
愛情が冷めるという言葉の意味を、身を持って経験しましたと愛華さんは寂しそうに笑った。
離婚したあと妊娠に気がついたそうだ。
「ちょうどといったら変ですけど、母も妊娠中で、親子で妊婦です。もう笑うしかありませんよね。
普通、離婚して家に戻ったら引け目があるんでしょうけど、私は家を出たことがなかったから、家にいるのが当たり前で。
龍太が生まれたら、みなさんにお祝いしてもらって、可愛がってもらいました。
弟と一緒の幼稚園に通って、小学校も中学校も同じ、PTAは母と私、出られる方が出て、保護者面談もそうです。
担任の先生もわかっているので、母に言いにくいことは私に伝えてくださって、案外うまくいってますよ」
麻生さんの両親は、昨年から親父さんの親の介護のために田舎に移り住み、愛華さんが弟の翔太君の面倒も見ている。
「昔は母親と娘が一緒に出産なんてこと、珍しくなかったそうですよ。
母系で家が続くので、子どもが誰の子だとか、そんなこと関係なくて、地域で子育てして、
みんなで成長を見守るんです。恋愛も自由だったみたいです」
母親の離婚はマイナス要因にはならず、自由に恋愛をして再婚相手を選んだ。
だから愛華さんも、これからどんどん恋をしてくださいと、このときばかりは熱く語った。
「私、まだ大丈夫かな?」
「えぇ、まだまだ」
うふふ……と照れる愛華さんの顔にえくぼが浮かんでいた。
彼女の無自覚な色気に、これまで何人の男が惑わされたのか。
俺もその一人になりそうな気配だが。